表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/42

20-3 罠 (後編)

     ◆


 今にも飛び出したい自分を、抑え込むのに苦労した。

 私はリンの説得を受け入れて、日が暮れる前、木の陰に隠れていた。リンもすぐ横にいる。

 周囲に闇が降りて、家の中にかすかに明かりがある。それが外の闇に線のように伸びているのだ。

 ミラには見張りも何も付いていない。

 それが不安を大きくさせる。見張りも必要ない、ということは、生きていないということかもしれなかった。

「僕が様子を伺いってくる。ここで待っていて欲しい」

 十分に闇が周囲に満ちてから、リンが私の耳元で言う。私は頷くしかなかった。

 口の中がカラカラに乾いている。

 スゥッとリンが木の陰から出て、足音もなく集落へ入っていく。気付かれている様子はない。

 瞬く間に距離を詰めて、リンがミラのすぐ前に立つ。

 そうか、先に合図を決めておけばよかった。ミラが無事なのかだろうか、すぐに知りたかった。リンはミラの前に屈み込み、動かない。

 いきなり、目の前で事態が変わった。

 建物の中から四、五人の村人が飛び出し、リンとミラを包囲したのだ。

 リンは剣を抜こうして、止めている。逆に村人たちは、手に何かを持っている。武器になるのは間違いない。

 どうしようもなかった。

 考える間もなく、私は走り出した。村人たちはこちらに気づいていない。

「控えなさい!」

 思っていた以上にはっきりと、大きな声が出た。弾かれたように村人がこちらに向き直る。その向こうでリンが微かに首を振っている。逃げろってことだろう。

 でも、逃げるわけにはいかない。

「リーア・シャリーン・ロルス四世である! 控えなさい!」

 村人たちは少しも動揺しなかった。

 それもそうだ、私の顔なんて、ほとんど誰も知らない。

「誰だ? 何をしている?」

 村人のひとりがこちらへ歩み寄る。私はその男を睨み付けた。

「皇帝の言葉を聞けないのか!」

「皇帝ってな、お嬢ちゃん……」

「御前である! 控えよ!」

 自分で叫びながら、これはどんな三文芝居なのか、わからなくなってくる。

 どう見ても、見知らぬ子供が自分が皇帝だと叫んでいるだけで、信憑性どころか、悪ふざけとしか思えない。

 どうにしないと……。

「反乱軍を討伐する必要がある! 伝令のための馬を貸せ!」

 そう言ってみたけど、村人たちは小さく笑うだけだ。

「禁軍の部隊へ連れて行け! そうすれば、この集落は歴史に名を刻むぞ!」

 今度は反応があった。

 ただし、良い反応ではない。

 村人たちが顔を見合わせる。リーダーらしい男が、こちらを疑り深そうに見る。

「確かに、禁軍に皇帝を差し出すのは、歴史に名が残るだろう」

 そう言って村人たちは改めて顔を見合わせた。そして、どこか覇気のない声で言った。

「禁軍は今、皇帝を探していて、それは処刑するためだ」

 ……目の前が真っ暗になった気がした。

 なんてことを。

 私はもう言葉を継げずに、目の前の村人を見るしかできない。

 彼らの向こうでは、リンが剣を抜くか迷っているようだ。

 理由は、この無関係の村人を切り捨てるのが、正義ではないから、だろう。

「私を、連れて行きなさい」

 躊躇いなく、そう言えた。

「その代わり、あそこの二人は無事に逃がして。あなたたちに、損はありません」

 リンが私を凝視している。

「あの娘は無理だ」

 村人の一人が軽い調子で言う。

「あの娘は怪しい動きをしていたからな、仲間を呼び寄せるための餌だ。実際、お嬢ちゃんとあそこの小僧が引っかかった。引っかかったがどう見ても、ただガキだ」

「待て」

 仲間に制止され、村人たちは改めて視線を交わしている。

 リンが剣を抜く決心をしたのが、見ていてわかった。

 私はそれを制止しようとした。

 声を出すべき、息を吸い込む。

 切ってはいけない。

 彼らは無関係の、生きている人間だ。

 私を生かすために、彼らを切っては、いけないのだ。

「ダメ!」

 叫んだ時、何かが私の背後から飛び出して、躍り出てきた。

 村人たちも悲鳴をあげて、間合いを取る。

「陛下、ご無事ですか?」

 大きな鹿のようなものに乗った青年が、こちらを見ている。来ているのは帝国陸軍の、中央軍の制服だ。

 襟章は、大尉。

 彼に続いて、二頭の鹿が現れると、私の両脇に控えた。

 名前を知らない大尉が、大声を張り上げる。

「控えよ! 陛下の御前である!」

 効果は劇的だった。

 村人たちは手に持っていた武器、いや、鍬のようなものを放り出すと、平伏した。

「元気そうだね、リン」

 大尉が集落に中心に進み、騎乗のまま、リンを見下ろしている。

 険悪な様子など少しもない。

 まるで自分の弟子を眺めるような空気が流れた。

「あまりゆっくりもできんぞ。その娘も連れてこい」

「はい、主任」

 主任ということ、この大尉が、レント・ヴィランか。

 リンがミラの拘束を解いて、背負うと、こちらへ戻ってくる。その時にはレントは鹿の上から降りると、私の前に片膝をついている。

「安全な場所まで、お守りします」

「ええ‥…」

 安堵よりも疲労感が強かった。でも今、ここでへたり込むわけにはいかない。

「よろしくお願いします、大尉」




(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ