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20-2 罠 (中編)

 逃亡中の山中で、何か、適当な話題がないか、考えても出てくるのは、モロー砦での日々だけだった。

 だから僕はそれを、ゆっくりと話し始めた。

 山の中を駆け巡ったこと。

 木を切り倒したり、割ったりして、それを村へ運んでいく仕事。

 果樹の手入れをして、花が咲き誇るのを想像した時の期待感。

 野菜が健気に成長していく様子。

 気持ちのいい兵士たちの、穏やかで、活力に満ちた生活。

 何より、尊敬できる上官である、レント。

「楽しかったみたいね」

「悪くない生活だったな。平和ってものが、はっきりと理解できたし。競争はないし、上下関係もない。家族の中にいるみたいだった」

「私はひどい日々だったわ」

 今度はリーアが自分の生活について話し始めた。

 政府の閣僚、役所の官僚、大会社の幹部、そういう連中と、どうにかバランスを取ろうと格闘する日々だったようだ。

 ほとんど愚痴というか、愚痴そのものの様相を呈して、しかしリーアは気力が湧いてきたのか、ありとあらゆる言葉を使って、厄介ごとを持ち込んでくる連中を批判し始めた。

 どんどん熱がこもって、一時間ほど、彼女はまくし立てた。途中で水を飲んで。

 話を聞いているうちに皇帝としての責務や重圧がよくわかったし、リーアの努力、尽力も理解できた。

 皇帝陛下、という存在に対する無意識の思い込みは僕の中から消えていた。

 日が高くなり、小屋の中に差し込む光も強くなった。

「ミラ、遅いわね。探しに行った方がいいんじゃないかしら?」

 僕もそのことを考え始めていた。

 あまりに遅すぎる。傷が悪化して動けない、ということはないはずだ。道に迷うとも思えない。迷うことに関しては、ミラはありえないと自分から口にしたし、リーアもそれを信じている。

「どうしようか……」

 答えが出る状況じゃない。

 リーアをこの小屋に残して、ミラを探しに行けば、リーアは無防備になり、全てが終わってしまう。

 しかしミラを見捨てるわけにもいかない。これは合理的な判断ではないけど、僕もリーアも、譲れなかった。

 大切な仲間であり、友人だ。むざむざ、見捨てるという選択肢はない。

 なら、リーアと一緒に小屋を出る?

 どれくらいのリスクがあるのか、僕は吟味し始めた。

「私のことは、気にしないで」

 素っ気ないほどあっさりと、リーアが言う。でも僕は沈思を続けた。

 どちらを選んでも、リーアには危険がある。となれば、どちらがより危険が少ないか、ということになる。

 ミラは村までたどり着いているのか、いないのか。いないのなら、ここで小屋を出て行けば、自分たちから敵の元に飛び込むようなものだ。

 逆にミラが村にいるのなら、彼女が移動したタイミングでは、反乱軍の手は及んでいない。脱出の可能性がある。

 事実は、ミラが戻ってこない、ということで、村にたどり着けていようといなかろうと、ミラは行動不能か、あるいは確保、もしくは処断されている。

 こうなっては、小屋で待つよりは、山を降りて反乱軍の包囲を抜けることを考えるべきか……。

 僕はリーアの前に置かれている保存食のひとかけらを摘んだ。

「これだけ、もらう。山を降りよう」

「ミラを助けに行くのね?」

「それが理想だね」

 さすがにリーアも、ミラの命に関しては考えているはずだ。それを隠すための言葉だと、はっきりわかったけど僕は追及しなかった。

 すぐに小屋を出ることになった。体の強張りをほぐして、体調を自分で確認する。

 動けるし、体力も残っている。

 二人で斜面をゆっくりと下る。リーアの靴はほとんど飾り物で、小屋に至るまでの道のりでボロボロだったけど、他に履く靴もない。ミラの靴はサイズが合わなかったし、ミラにも靴は必要だった。

 山道を避けて、人が通った痕跡のないところを最初は選び、反乱軍の気配がないとわかってから、木立の中でもわかる、猟師の通り道を選んで、下って行った。

 人が通っていないところを通ってしまうと、その痕跡が残って、逆に反乱軍に追われると考えていた。

 反乱軍にも、それくらいの知識を持ってる兵や指揮官がいるだろう。

 そのうちに、山を越える間道にぶつかった。すぐ下に小さな集落が見える。時間は夕食の前で、二筋ほど、煙が上がっているのは夕食の支度をしているんだろう。

 反乱軍に占拠されている、というようには見えない。

 ミラもこの集落に行ったはずだ。

「行きましょう」

 立ち止まった僕を追い越して、リーアが先へ行ってしまうのを、慌てて追いかけた。

「僕が様子を見てくるよ」

「時間がないわ。ミラを探さないと」

 冷静なようで、リーアは焦っている。でもそれは僕も同じだ。

 彼女を止めることは、できなかった。

 集落の裏手にある丘を、木々の陰に隠れつつ進み、その集落が五軒ほどの家で構成されているとわかった時、突然にリーアが走り出そうとした。反射的に僕はその腕を掴み、結果、リーアは盛大に尻餅をついた。

「待って! どうしたの?」

「あそこにミラがいるわ」

 彼女の声は集落に聞こえるんじゃないかというほど大きくと、さすがに僕も周囲を確認した。

 その後に、リーアが指差す方に目を凝らした。

 ミラがいる。

 しかし、縄で丸太に縛り付けられていた。

 丸太は集落の真ん中に建てられていて、ミラはぐったりしていて身じろぎもしない。首を垂れていて、遠いこともあって表情はわからなかった。

 生きているのか?

 冷や汗が、こめかみを伝う。



(続く)


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