表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/42

17 反旗

 何が起こったのか判らなかったのは、それが深夜だったからだ。

 誰かの悲鳴に私は飛び起きた。

 場所は、小さな村の名主の屋敷で、すぐに控えていた侍女がやってきた。

「何?」

「わかりません。ミラ様が、様子を見てくると」

 その一言で、私は背筋が冷えた。

 ミラの体術の技量は、よく知っている。彼女がいれば、賊の三人や四人は寄せ付けないのだ。

 私は侍女が差し出した侍女服に着替えた。いざという時に、皇帝と悟られないためだ。

 小手先の偽装だけど、何もしないよりはいい。

 屋敷の外で人が走り回る音がしている。その向こうで、何か、甲高い音の残響や、悲鳴の余韻が聞こえていた。

 部屋にミラが戻ってきた時、心底からホッとした。

「攻撃を受けていますが、大規模ではありません。十人ほどでしょう」

「狙いは何?」

「わかりません。朝になれば、あるいは賊の正体も割れるかと。本陣が脅かされるほどではありませんが、警戒は密にします。陛下のそばには私が」

 その夜を私は侍女服を着たまま、寝台で過ごした。眠れるわけがなかった。

 皇帝の一行を襲撃することは、即座に打ち首だ。

 死にたいのならともかく、まともな精神状態の人間が、襲撃を企てるわけがない。

 何か、見返りがあるのか。そうでなければ、何が……。

 日が昇った時には、もう騒ぎは落ち着いていた。私は起き出して、侍女に身支度を整えさせた。その間にも警護している禁軍の指揮官が、情報を伝えてくる。

「賊は巧妙に痕跡を消しています。不覚ながら、我々は一人も討てなかったか、そうでなければ、負傷者や死体を回収したと思われます。どこから来て、どこへ去ったかも、不明です」

「今後の襲撃はあるのかしら?」

 私の問いかけに、指揮官が少し顔を俯け、

「真偽のほどは不確かながら、帝都で、妙な動きが」

「帝都?」

「閣僚の一部が、陛下を誅殺しようとしている、という噂が、蔓延しています」

 政府とは良好な関係だったはずだ。政治家のほぼ全員の顔が頭に浮かんだ。誰も私に害意を持っていたはずがない。

 隠していたのか? そんなことが、あるわけない。ない、はず……。

「情報を収集して。正確な情報が欲しい」

「警護の兵を増員する必要があります。禁軍の部隊を手配しますが、よろしいですか?」

「任せます」

 指揮官は敬礼し、部屋を出て行った。彼は私の顔を知っている、信用できる兵士の一人だ。

 役目はこれからしばらく、重くなるだろう。

「帝都に帰る、というのは無謀かしらね」

 ミラと二人きりになった時、尋ねてみると、ミラは軽く頭を下げた。

「まだ詳報がありません。帝都に敵が多くいるとも思えませんが、罠がありそうなところへ飛び込むことも、ないかと思います」

 そうね、と応じる自分の声の頼りなさが、情けなかった。

 その日はその場を動かず、情報を待った。

 届いたその情報は、信じられないことだった。

 帝都では、反皇帝派が政府の大勢を占め、禁軍は治安維持と離反で動けないという。それでも禁軍の一部隊が、かろうじて帝都を進発し、こちらへ向かっている。

 地方軍の動きが何よりも気になった。

 私が帝位を追われるのは、覚悟していた一つの展開だった。あって欲しくない展開、私の命が終わるかもしれない展開だけど。

 この展開を予想した時、最大の懸念は、どうしても地方軍の行動になる。

 中央の動きがはっきりするまで待つのか。待ったとして、私を援護するのか、それとも反乱勢力に与するのか。それとも独自の路線を取るのか。

 最後の可能性が、自分の身の安全を無視しているとはいえ、最大の問題だ。

 今、帝国陸軍は、近衛兵である禁軍と、帝都周辺を守備する中央軍、そして六つの地方軍から成立している。

 地方軍一つでも、中央軍をやや上回る戦力だ。

 その地方軍がそれぞれに独立を目指すと、大陸は割れ、戦乱の時代に突入してしまう。

 この混乱を回避するには、一番の近道として、現在の支配体制、つまり私を筆頭とする体制を確立し直すしかない。

 ただ、帝都には戻れず、禁軍の指揮権はない。

「地方軍の六人の司令官に、伝令を」

 決断に時間を使う余裕はなかった。

 地方軍を可能な限り素早く、こちらへ引き込まなければ。

 私は地位や権力なんて、どうでもよかった。

 戦乱だけが、受け入れられない。

 何も関係ない人間が傷つけらる、命や家族を奪われるのは、あってはならない。

 国民を守るためなら、何でもできる。

 何でもしなければ、いけないんだ。

 私は今度は自分の手で、地方軍の司令官への文書を書いた。

 同行していた政治家や軍人は、信用できない。信じたかったけど、信じないことを自分に強いる。

 ほとんど独力で、手紙を考え出し、六通を送り出した。

 情報は次々とやってくる。帝都は武力では制圧されていない。ただ、一部の政治家や有力者は、禁軍の一部に軟禁されているようだ。

 さらに市民が暴動寸前の行動を取っているらしい。皇帝不在で、禁軍や中央軍は対処することができず、ただ警察が必死で働いている状況だという。

 しかし、いったい、誰が仕組んでいるんだろう?

 何が目的なのか、わからない。

 私がこうして帝都を離れているのだから、新しい皇帝を担ぎ出したり、あるいは誰かしらがリーダーシップを発揮しても、少しもおかしくない。

 その動きが今のところ、報告されない。

 その動きがないと、片手落ち、不完全な反乱だ。

 頭にあるのは、どうしても地方軍のことだった。

 帝都での反乱勢力に地方軍が加われば、その不完全さも消えるのではないか? 地方軍の司令官が私がいた地位に立つ、という展望には、現実味があるはず。

 これからその動きがあるのか?

 それとも、想像していない動きがあるのか……。

 護衛部隊と協議の末、この場で援軍を待つことになった。昼夜を問わずに、限界の速度で急行しているらしい。その報告に来た兵士は、道を急いだために馬が潰れたと聞いた。

 私に何ができるか、考えたけど、これ以上は何もない。

 落ち着いて、次の展開を待つだけだ。

 名主の屋敷から、私は遠くの山を見た。そこに、モロー砦があるはずだ。

 でもあそこには指揮官と五人の兵士、そしてリンしかいない。

 日が暮れるまで、私はそこを動かなかった。

 長い夜がやってきた。



(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ