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16-1 気迫(前編)

 色々と考えさせられる二ヶ月だった。

 モロー砦の生活自体は、大きな変化はない。薪を売りに行ったり、雪の下から冬でも成長している菜っ葉を掘り出して、これも売りに行った。

 食事は豪華ではないけど、十分にあった。

 僕を不安にしたのは主に二点で、一つはいつになったら禁軍師範学校へ呼び戻されるのか、ということ。

 これには、行商の真似事をしている時に、思わず口にすると、同行していたの士がすぐに答えてくれた。

「籍があれば、いつか戻れるんじゃないの?」

 そういうことだ。

 除籍にはなっていない。僕の学籍は残っている。放り出されたわけじゃない。

 戻るのは絶対に不可能ではない、かすかな希望はあるわけだ。

 頼りない希望だけど。

 もう一つ、気になったのは、レントがつけてくれる剣術の稽古だった。

 一ヶ月ほどで、僕は真剣を繰り出せなくなった。

 ただ剣を構えて、レントの動きを観察する戦法が、最も何かを得られそうだった。

 何を得られるかわからないけど、その時まで、レントから切りつけてくることは少なくて、いつも僕が繰り出した剣に合わせるように剣を振ってくるのは、理解できていた。

 だからこそ、レントから剣を振らせたかった。

 長い時間、対峙になった。これは僕にも心得がある。気迫も衰えていない。

 レントはそんな態度を二日続けたら、あっさりと切っ先を下げ、すぐに鞘に剣を戻した。

 僕には真意がわからない微笑みを浮かべて、

「明日からは棒で良いじゃないか」

 と、言ったのだ。これには僕は慌ててしまった。

 そんな僕にレントは取り合わず、翌日には適当な棒を用意していて、彼自身がそれを構えて、こちらに正対した。

 仕方なく、僕も棒を持って、立った。

 やっぱりどちらも動かない。耐えきれず、僕は三度ほど、打ち込んでみた。

 結果は真剣を使った時より悲惨と言って良い。

 痛烈に、しかし怪我をしない程度に、打ち据えられた。こちらの棒は掠めてさえいない。

 それ以降、僕は動かないことに徹した。

 じっとレントを見据え、何かを測ろうとする。

 最初こそ、何を考えて良いか、わからなかった。そのうちに、いろいろな要素が浮かんできて、毎日、これをと決めて注視した。

 一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。

 レントは一撃も打ち込んでこない。なのに僕の疲労は大きかった。

 緊張とか集中のしすぎではない。

 この頃になってレントの発している気配のようなものが、感じ取れてきていた。

 気迫に近いけれど、それほど激しくも強くもない。

 ひしひしと迫ってきて、いつの間にか包まれる。

 この空気に包み込まれると、まるで一挙一動、それを細部まで把握されているような錯覚さえあった。

 僕の方から動かないと決めているのか、それともレントの空気に押し包まれて動けないのか、わからなくなってきた。

 この気配に対抗するように神経を集中するようになり、今度はそれに慣れるのに、一ヶ月近い時間が必要になった。毎日、考えを巡らせ、検証し、また考えた。

 こうしてあっという間に二ヶ月は過ぎ、砦の外の風景も変わってきた。

 雪はところどころに残るだけで、木々には新芽が膨らみつつある。

 僕とレントの稽古は休みはないし、朝に森の中を駆け巡るのも、続いている。兵士たちももう文句を言うことはない。それは不思議だったけど、あるの日の夕食の時、レントが席を外した時、兵士の一人が耳打ちした。

「お前さん、主任に認められてるんだぜ」

 何を言われたかは、わからなかった。

「認められているって、どういうことですか?」

「生半可な兵士は、とっととどこかへ行っちまう。主任がやっているのは、試験みたいなものさ。ここまでついてこれる奴を、主任はちゃんと認めて、稽古をつけてやるんだ」

 無意識に疑り深そうな目をしたのだろう。兵士が軽く僕の腕を叩く。

「嘘は言わん。実体験だしな」

 どうやら、ここにいる五人の兵士は、並みの兵士ではないらしい。

 それもそうか、山を走り回るのもできるし、農作業や木こりの真似事も、平然とこなす。

 軟弱な心身では、ついていけないのかもしれない。

 僕は夕方の剣の稽古が終わって、部屋に戻ると、じっと正座するようになった。

 誰に教わったのでもなくて、これは故郷で、先生がたまにやっているのを見ただけだ。

 見よう見まねというか、形だけだ。

 正座して、軽く目を閉じても、思考は止まらない。

 よく考えたのは、自分の実力だった。

 棒でレントを打てない自分は、どれだけ強いのか。強くなれているのか。

 それとも後退しているのか。

 師範学校では、生徒たちが体を鍛え、技を磨いているはずだ。

 僕はこんな山の中で、生活している。

 この差が、どうしても飲み込みづらい。

 馬術に関しては、兵士の一人が教えてくれている。大鹿も一頭、貸してもらえて、訓練を積んだ。剣術や体術は全くわからない。体力は、どうだろう。

 こういうことを正座しても、考えてしまう。

 時間は意識から消えて、僕の心は必死に不安を消そうとする。

 でも、消えるわけがなかった。

 諦めて目を開き、少し体操をしてから、寝台に向かう。

 横になると、一瞬で眠りに落ちている日が多い。

 朝になると、寝付きが良すぎる自分に、本当は悩みなんてないんじゃないか、と思うほど。

 モロー砦には二週に一度、帝国の様々な情報を伝える冊子が送られてきて、まずはレントが確認し、兵士にも回される。この時に珍しく、階級が重視される。なので、僕は一番最後にその冊子に目を通す。

 まずは師範学校の様子を確認するけど、それほどの情報はない。

 次に見るのは、皇帝の動向だった。リーアやミラはどうしているのだろう。

 御幸があることは、一ヶ月前から知っている。砦の近くを通るので、兵士たちは皇帝陛下を一目見ようなどと言い合っていた。

 まさか砦まで来るわけもないので、素通りだろう。兵士たちも行列を見たいということだ。

 こうなると、自分が帝宮に招かれたり、皇帝陛下の素顔を見たり、言葉を交わしたのは、まるで夢のようだ。

 冊子にはリーアの言葉の断片があるけど、それは公式の場の発言なので、堅苦しい。

 彼女の本当の声が聞きたかった。



(続く)


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