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15-1 新しい生活 (前編)

 モロー砦では、朝から夕方まで野外作業だった。

 五人の兵士たちとはすぐに打ち解けた。彼らは正式な軍人で、階級があるけれど、仲間内では全く上下関係がない。レントにでさえ、彼らは気軽に話しかけ、敬語も使わない。

 敬礼なんて、一回も見なかった。直立さえ、ないのだ。

 僕がやったのは、畑仕事としての野菜の世話と、砦の外から腐葉土を運ぶ仕事、果樹園の剪定の手伝い、そして薪にするための木の処理だった。

 大変だったのは薪作りだ。

 かなり前に切り倒したらしい木を、枝を払い、二人がかりで切っていく。故郷で見たことのある大きなノコギリがここにもあった。呼吸を合わせるのに、まず苦労した。

 どうにか輪切りにして、次はそれをやはりノコギリで縦に四分割する。その後に手斧の出番になり、四分の一からさらに小さく割る。

 薪割りは経験があったのだけど、量が半端じゃない。

 ほとんど半日、手斧を振るい続けたこともあった。

 薪は割り終わったものを、湿気を避けるための屋根が設けられた、山小屋のようなところに運ぶ。売るときはここから麓の村に運ぶのだという。

 無計画に割るのではなく、出来上がった薪の数を記録したりもする。

 そんな具合で、師範学校での激しい調練とは違うものの、激しい疲労感を感じて、僕は夕方、モロー砦へ戻る。

 食事はこの砦では一日に三食で、質素なものだ。

 山の中に小さな牧があり、そこで猪や牛、鶏が飼われている。

 なので、三日に一度、グラス一杯の牛乳が出たのが、どこか落ち着いた。

 食事が終わると、レントが僕に稽古をつけてくれた。

 他の兵士に任せない理由はわからないし、彼らも考えていないようだ。いつも二人なり三人なりが、僕とレントの稽古を見物している。

 稽古は師範学校の乱取りとは違う。

 驚くべきことに、真剣を使うのだ。

 この稽古は僕がモロー砦に導かれた三日後から始まった。

 最初からレントは真剣を使うと言って、自分も剣を抜いた。彼の剣は特徴のない、実用的なものだ。

 躊躇いつつも、僕も剣を抜いて構える。烈風剣だった。

 気持ちが整わない僕に、レントは平然と切りつけてきたのには、驚いた。

 無意識に切っ先を避けたけど、服の袖が小さく切れた。

「本気で来るんだ、リン」

 僕の気持ちは一変して、即座に剣を走らせた。

 パッと距離を置いたレントが、自分の作業着のそれを見た。

「鋭い剣だ。良い筋だよ。もっと、見せてくれ」

 もう何も考えなかった。

 相手を傷つける恐怖が消えたのは、本当に消えたのではなく、レントの剣を納めさせたかったからだ。

 僕の腕を理解し、危険とわかれば、こんな稽古は終わる。

 なら、最後の一線で手加減すれば良い。

 どうもレントは腕に自信があるようだから、苦労するかもしれない。

 それでもレントだって、死にたくはないだろう。

 何度か僕は剣を繰り出し、その度にレントが回避する。

 不思議な感覚が僕を包んできたのは、レントがピタリと切っ先を止めた時だ。

 視線を感じた、というのが一番近い。

 見つめられたような感覚、それも探るように見られた時の不快感が、伴われている。

 僕はそれを振り払うように、少し身じろぎをしていた。

 レントが動いた。待っていたような反応で、それが僕の反応の一瞬の隙だった。

 二人がすれ違う。

 振り返って、僕は胸元に涼しさを感じた。見ると、作業中のまま来ていた作業服の胸元に、切れ目が入っている。

「一度、死んだよ」

 考えるまでもなく、はっきりしている。

 今、レントは手加減をした。

 こちらが手加減をするような相手ではない、と僕は気づいた。

 相当な使い手だ!

「もう一度、打ち込めるかい?」

 挑発にしては穏やかな口調。それが僕をまた不安にさせた。

 彼には僕を切る力がある。それに僕は対抗できるのか。

 打ち込めば、切られる?

「さあ」

 考えを捨てた。

 誘われるように、切り込んでいた。

 再び、レントがすれ違う。

 胸元の切れ込みが、もう一つ、増えた。最初の切り込みのすぐ横に、平行した切り込みができたのだ。

「今日はこれくらいにしよう」

 言いながら、レントが剣を鞘に戻し、軽く肩を回す。

「良い剣だった。見たことのない剣だけど、君は基本に忠実なようだ」

 何を言われているのか、わからなかった。

「基本に忠実、って、どういう……?」

「同じ筋を走る、ってことだね」

 理解できない。

 同じ筋を走る? 彼には何が見えているんだ?

「主任は目が良いのさ」

 眺めていた兵士が笑いながら言う。

「俺も最初は驚いたよ。最初はものすごく弱っちく見える。でもやっているうちに、まるで未来が見えるような動きをし始める」

 その言葉にレントは肩を大仰に竦めた。

「未来なんて見えないさ。ただ、ある程度の使い手になると、筋は見える」

 筋……。

 こちらに歩み寄ったレントが微笑んだ。

「君はまだ体も弱い。いい機会だから、うちの兵隊たちにも調練をさせよう」

 近くにいた兵士三人が悲鳴をあげる。

「朝に一時間、山の中を走ろう。もちろん、私もやる」

 兵士たちがめいめいに「主任も若くないぞ」とか「俺たちは農家だぜ」などと言っているけど、レントは笑っている。

 その翌日から、僕たちは朝に山の中を駆け回った。

 レントが先導して走るのだけど、わざと激しい起伏を選んでいるような経路になった。

 砦に戻ると、兵士たちは散々、不平をまくしたてた。レントはやっぱり微笑んでいるだけで、何も言わない。兵士たちもそのうちに笑っていて、雰囲気は少しも険悪にならない。

 それがレントの人徳かな、と僕は思っていた。

 毎日、同じようなことをやるので、時間の感覚が消えそうになった時、雪が降った。森の中も真っ白に染まる。いつの間にか息も白くなる季節なのだ。

 いよいよ薪が売れるということで、砦の兵士は総動員で麓まで薪を大量に背負って、売りに行った。

 兵士じゃないな。ほとんど行商だ。

 僕は一人の兵士と一緒に売りに行って、全部の薪を売りつくし、砦へ戻ろうとした。

「ちょっと買い物しようぜ」

 兵士がそう言って、村の商店に入っていく。僕は後について行ったけど、兵士は売り上げの銭で米を買ったので、さすがに慌てた。

「売り上げを使っていいんですか?」

「問題ないさ。さて、帰ろうぜ」

 その後、言い訳を考えている僕の前で、兵士は堂々と砦に戻った。

 僕の言い訳は使う場面がなかった。

 砦に戻ってきた行商の真似をした兵士たちは、めいめいに買い物をしてきていて、それが料理されていくと、豪勢な献立が食堂のテーブルに並んだ。

「今日で今年も終わりだな」

 そうか、そういう日だったのか。実感が少しもなかったし、今もない。

 いろいろなことのある一年だった。

 僕以外に酒の入ったグラスが配られ、全員でそれを掲げた。

 何か、言葉を揃えるのかと思ったけど、全員、無言で杯を干した。

 それから宴会になり、全員が酔いつぶれるまで、それが続いた。

 翌朝、僕が起きた時、まだ誰も起きていなかった。今日は山を走ることもないらしい。

 と思っていると、食堂で前夜の料理のあまりを摘もうとした僕の背中に、声が飛んできた。

「行くぞ、リン。休みはなしだよ」

 振り返ると、作業服に着替えたレントが立っていた。

「きみを鍛えるように、密かに指示されているのさ。それも可能な限り、早くね」

「指示? 誰にですか?」

「まだ知る必要はない。さ、外へ行くぞ」

 結局、雪が積もっている山の中を僕とレントは一時間、走り続けた。

 砦に戻ってきても、まだ誰も起きていなかった。



(続く)


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