14-2 奇妙な兵士 (後編)
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私は衣装室で、会議に出るための簡素なドレスに着替えていた。
「農耕部隊?」
ミラが頷く。
「リン様は、モロー砦で実務に励まれますが、それは農耕のようなものになります」
「理解できないわ。屯田、ではないの?」
「近いですが、やや違います。彼らは自給自足をおおよそ成立させている、稀有な部隊です」
やれやれ。リンは、軍人になるはずが、農業の能力を叩き込まれる、ってことなの?
「帝国陸軍は黙っているの?」
もちろんです、という返事だった。
「それで、リンはいつまでそこで百姓仕事をするのかしら?」
「今のところ、無期限です。いずれ、師範学校へ戻れるでしょう」
「具体的には?」
「わかりません。それが、限界でした」
ミラのその一言で、私は事態を把握できた。
リンの処罰が軽すぎる、と私は思っていた。
クルップス家の賄賂や買収は激しく、リンの立場は不利という言葉では足りないほどの不利だった。
それがどういうわけか、退学にもならず、処罰も無期限とはいえ、僻地への放逐のような形で落ち着いたのだ。
誰かが動いたのはわかっていたけど、誰なのか、はっきりしなかった。
「伯母さまはお元気?」
ミラに尋ねると彼女は無言で、頷いた。
先帝、父さまが崩御した後、帝位をめぐって争いが起きた。表沙汰にならなかっただけで、悲惨と言ってもいい場面もあった。
それらにより、皇后だった母さまは帝都を離れ、先帝の側室やその皇子も帝都を追われた。
複雑怪奇な政治や軍事力、経済力、そういうものの絡まりののち、私が帝位を継承した。
ミラの素性は、私や私の後ろ盾の有力者が、隠している。その上、知っているのも少数だ。
私は今、ミラと二人だけど、言葉を飲み込んだ。
ミラは私のために、密かに動いて、働きかけてくれたのだ。
感謝しかなかった。でも余計なことは言えない。
「無念ですが」
ミラが静かな声で言った。
「私にも全ての恨みや憎しみを消すことはできません」
意味深なことを言う、と思ったけど、それは思い違いだった。
「クルップス家が、妙な動きをしています」
その話か。彼女の言葉で、私の思考が切り替わった。
「大会社が下手に連合するのは、よくないわね」
「しかし、陛下は、税率の改正を支持していますから、彼らが徒党を組むのは、おかしなことではありません」
片方を立ててれば、片方が反発する。
それは皇帝となってから、幾度となく遭遇した場面だった。その度にどうにか落とし所を見つけて、可能な限り穏便に事を収めてきた。
「ただの大会社の息子が、禁軍師範学校で転んだだけなのに、なんでそこまで大げさになるのかしら」
「違います、税率の方こそが主題で、子供のいざこざは、添え物です」
ミラもなかなか、言う。
「良いでしょう。それで、クルップスはどういう動きをしている?」
「帝国陸軍に、働きかけているようですが、まだ、隠蔽を破れていません」
「陸軍に?」
陸軍に働きかける理由は、すぐには思いつかない。
「理由は?」
「不明です。陸軍にまで金の力で腐敗を及ぼす、ということで、一歩、経済の支配が前進する、ということでしょうか」
金が物を言う。それは全てに言えることだ。
「陸軍の引き締めを陸軍大臣にお願いしましょう。それと、政府や与党の切り崩しにも注意して欲しい」
「政治家の、切り崩しですか?」
「政治ほど経済力に影響される対象はないわ。あまりことが大きくなる前に、手を打ちたいの。今のうちに、どこかに落ち着けたいわ」
御意、とミラが軽く頭を下げる。
着替えが終わり、衣装室を出た。待機していた侍女が幕を手に持ち、私に従う。
廊下に出ると、すぐに侍女たちが幕を持ち上げ、私を周囲の視線から守り始める。ミラは幕のすぐ横にいるけど、彼女は公の場には出ないことになっている。
今日はこれから、まさに税率の改定に関する会議だった。専門家が数人、呼ばれていて議論される。政治家も出てくるし、大臣も関わるものが揃うはずだ。
ミラが話していたことが、どこか不気味に思えてくる。
私自身の想像も、どこか不安になった。
皇帝と言っても、ただの血筋で今の立場にあるだけで、知力や武勇もなく、ほとんど無力だ。
私がいなくなることを願っている誰かがいるのは、絶対にないとは言えない。
護衛は常についている。いざとなれば禁軍も動員できる。
軍への働きかけ、という言葉が蘇った。
もし、禁軍が揃って私に反旗を翻したら?
私はゆっくりと廊下を進みながら、その可能性を否定していた。
ありえない。
そうなったら、この国は、有名無実となるのだ。
かすかに足が震えているのを隠して、歩調を整えて、私は会議室の前に立った。
(続く)




