14-1 奇妙な兵士 (前編)
ここが道なのか、確信が持てなかった。
頭に入れた地図を元に街道を進み、わき道へ入った。このわき道はモロー砦のある小さな山をぐるっと巡ることになる。
念のため、街道沿いの最後の宿場で、地図を買ったのだけど、モロー砦への山道は記載されていない。
なので、宿場の商店で聞き込みをして、どうにか道筋を見つけたのだった。
だったのだけど。
今、僕は道無き道に分け入って、山の中を方向感覚だけを頼りに進んでいた。
いくら進んでも、風景が変わった気がしない。右も左も、前も後ろも、同じに見えた。
これは、遭難するかもしれない……。
覚悟を決めて進んでいくと前方で何かが動いた。
足を止めて、じっと見つめる。
猛獣はいないはずだけど、猪が突進してきたり、熊が飛びかかってきても、おかしくない。
しかし現れたのは、全く違う姿だった。
鹿に似ているけど、鹿ではない。もっと体格が大きくて、力強い。
そして、その上に、人が跨っている。
その鹿は軽快な足取りで、僕の眼の前まで進んできて、騎乗していた男性が身軽に降りた。
やっと、その男性が帝国陸軍の作業着を着ているのがわかった。工兵が訓練で着るような奴だ。反射的に階級章を見ると、大尉だった。
敬礼するべき、と思考がやっと追いついてきて、僕が敬礼しかかると、男性が身振りでそれを止めた。
「リン・リー、だね? 出会えて良かった」
士官の軍人とは思えない物腰の柔らかさだった。
唖然としている僕の前に、その大尉が手を差し出してくる。
「レント・ヴィラン。モロー砦の守備兵主任だ」
守備兵主任?
「指揮官のことでしょうか?」
「指揮官というほどではないのさ。みんな、主任と呼ぶんだ」
みんな、というのは部下のことだろう。
何から何まで、型破りというか、想像と違って、僕は混乱し始めていた。
「帝都からの通達を受けて、迎えに行くつもりが、遅れてしまった。この山は、山菜採りやキノコ採りに入った村人が年に二、三人、遭難するのでね」
……出会えてよかった。
「砦へ案内するよ」
こちらの困惑や安堵をよそに、レントが先に立って歩き出した。鹿のような動物は、手綱を引かれることもなく、ゆっくりと進んでくる。
「師範学校図書大賞を受賞されたとか」
妙なことを言われて、僕は耳を疑った。
肩越しに振り返りレントが笑っている。
「教官に反抗するのは、私もよくやったものだよ」
「そ、そうですか」
答えに困るなぁ。
「上官に反抗したら、こんなところに左遷された」
……本当に、答えに困る。
気にした風もなく、レントは軽い足取りで進んでいく。
「モロー砦は、もうほとんど意味をなさない、ただの砦で、形の上で維持しているだけさ。集まっているのは、噂通りの不真面目軍人で、今はもう軍人の生活ではない生活をしている」
「あの、軍人の生活ではない生活、というのは?」
「すぐにわかる」
それからしばらく山を上がっていくと彼の言葉の意味がわかった。
木立が急に終わったかと思うと、視界が広がった。
「これは?」
そこには、今は葉が落ちているが、背丈が低く枝を広く伸ばした樹木が、規則的に並んでいる。表現する言葉は、すぐに浮かんだ。
「果樹園、ですか?」
「春から秋まで、何かしらが実るんだ。あそこが砦だ」
果樹園の向こうに砦の防壁が見えた。石が組まれているけど、ところどころが崩壊していた。
レントに連れられて砦にたどり着いたけど、びっくりしたことにレントは門からではなく、崩れた防壁の石の山を踏み越えて、砦に入った。
そこにある光景に、僕はもう一度、衝撃を受けた。
砦は小さいけど、その防壁と砦自体の建物の間にある、おそらく有事には兵が控えるのだろう場所が、開墾されていた。
冗談のような光景だった。
地面は耕され、冬になろうというのに、野菜のようなものが育っている。寒いからだろう、地面に広がるように葉が広がっていて、食べれるのは間違いない。
「これが、我々が軍人ではない、という理由だよ」
隣のレントを見ると、どこか嬉しそうに笑っている。
「我々は、つまり、農家なのさ」
「そのことを、陸軍本部は知っているのですか?」
「知っているさ。黙認だね。彼らもこちらが要求する維持費が減って、嬉しんだろう」
維持費が減る、という言葉の意味するところは、ここで栽培している果物や野菜を、売っている、ということだ。
想像の斜め上どころか、常識を遥かに飛び越えていて、僕はただ畑を眺めた。
「ぼ、ぼ……」
どうにか僕は質問した。
「僕がやる、実務、とは?」
「野良仕事かな。今の時期は、薪を売ったりもするから、周囲の山にそれを取りに行くこともあるから、覚悟したほうがいい」
何も返事ができなかった。
「君にも一頭、大鹿を与えるけど、馬よりは乗りづらいぞ」
大鹿というのが、レントが乗っていた鹿のことか。
「さて、仲間に会わせよう」
ほとんど無意識に僕はレントについていった。
(続く)




