表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/42

14-1 奇妙な兵士 (前編)

 ここが道なのか、確信が持てなかった。

 頭に入れた地図を元に街道を進み、わき道へ入った。このわき道はモロー砦のある小さな山をぐるっと巡ることになる。

 念のため、街道沿いの最後の宿場で、地図を買ったのだけど、モロー砦への山道は記載されていない。

 なので、宿場の商店で聞き込みをして、どうにか道筋を見つけたのだった。

 だったのだけど。

 今、僕は道無き道に分け入って、山の中を方向感覚だけを頼りに進んでいた。

 いくら進んでも、風景が変わった気がしない。右も左も、前も後ろも、同じに見えた。

 これは、遭難するかもしれない……。

 覚悟を決めて進んでいくと前方で何かが動いた。

 足を止めて、じっと見つめる。

 猛獣はいないはずだけど、猪が突進してきたり、熊が飛びかかってきても、おかしくない。

 しかし現れたのは、全く違う姿だった。

 鹿に似ているけど、鹿ではない。もっと体格が大きくて、力強い。

 そして、その上に、人が跨っている。

 その鹿は軽快な足取りで、僕の眼の前まで進んできて、騎乗していた男性が身軽に降りた。

 やっと、その男性が帝国陸軍の作業着を着ているのがわかった。工兵が訓練で着るような奴だ。反射的に階級章を見ると、大尉だった。

 敬礼するべき、と思考がやっと追いついてきて、僕が敬礼しかかると、男性が身振りでそれを止めた。

「リン・リー、だね? 出会えて良かった」

 士官の軍人とは思えない物腰の柔らかさだった。

 唖然としている僕の前に、その大尉が手を差し出してくる。

「レント・ヴィラン。モロー砦の守備兵主任だ」

 守備兵主任?

「指揮官のことでしょうか?」

「指揮官というほどではないのさ。みんな、主任と呼ぶんだ」

 みんな、というのは部下のことだろう。

 何から何まで、型破りというか、想像と違って、僕は混乱し始めていた。

「帝都からの通達を受けて、迎えに行くつもりが、遅れてしまった。この山は、山菜採りやキノコ採りに入った村人が年に二、三人、遭難するのでね」

 ……出会えてよかった。

「砦へ案内するよ」

 こちらの困惑や安堵をよそに、レントが先に立って歩き出した。鹿のような動物は、手綱を引かれることもなく、ゆっくりと進んでくる。

「師範学校図書大賞を受賞されたとか」

 妙なことを言われて、僕は耳を疑った。

 肩越しに振り返りレントが笑っている。

「教官に反抗するのは、私もよくやったものだよ」

「そ、そうですか」

 答えに困るなぁ。

「上官に反抗したら、こんなところに左遷された」

 ……本当に、答えに困る。

 気にした風もなく、レントは軽い足取りで進んでいく。

「モロー砦は、もうほとんど意味をなさない、ただの砦で、形の上で維持しているだけさ。集まっているのは、噂通りの不真面目軍人で、今はもう軍人の生活ではない生活をしている」

「あの、軍人の生活ではない生活、というのは?」

「すぐにわかる」

 それからしばらく山を上がっていくと彼の言葉の意味がわかった。

 木立が急に終わったかと思うと、視界が広がった。

「これは?」

 そこには、今は葉が落ちているが、背丈が低く枝を広く伸ばした樹木が、規則的に並んでいる。表現する言葉は、すぐに浮かんだ。

「果樹園、ですか?」

「春から秋まで、何かしらが実るんだ。あそこが砦だ」

 果樹園の向こうに砦の防壁が見えた。石が組まれているけど、ところどころが崩壊していた。

 レントに連れられて砦にたどり着いたけど、びっくりしたことにレントは門からではなく、崩れた防壁の石の山を踏み越えて、砦に入った。

 そこにある光景に、僕はもう一度、衝撃を受けた。

 砦は小さいけど、その防壁と砦自体の建物の間にある、おそらく有事には兵が控えるのだろう場所が、開墾されていた。

 冗談のような光景だった。

 地面は耕され、冬になろうというのに、野菜のようなものが育っている。寒いからだろう、地面に広がるように葉が広がっていて、食べれるのは間違いない。

「これが、我々が軍人ではない、という理由だよ」

 隣のレントを見ると、どこか嬉しそうに笑っている。

「我々は、つまり、農家なのさ」

「そのことを、陸軍本部は知っているのですか?」

「知っているさ。黙認だね。彼らもこちらが要求する維持費が減って、嬉しんだろう」

 維持費が減る、という言葉の意味するところは、ここで栽培している果物や野菜を、売っている、ということだ。

 想像の斜め上どころか、常識を遥かに飛び越えていて、僕はただ畑を眺めた。

「ぼ、ぼ……」

 どうにか僕は質問した。

「僕がやる、実務、とは?」

「野良仕事かな。今の時期は、薪を売ったりもするから、周囲の山にそれを取りに行くこともあるから、覚悟したほうがいい」

 何も返事ができなかった。

「君にも一頭、大鹿を与えるけど、馬よりは乗りづらいぞ」

 大鹿というのが、レントが乗っていた鹿のことか。

「さて、仲間に会わせよう」

 ほとんど無意識に僕はレントについていった。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ