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13 処分

 禁軍師範学校に裁判室があるのを、初めて知った。

 そこに僕は連れて行かれ、しかし弁護士や検事がいるわけでもなく、その席は空席のまま、前に居並ぶ五人の教官を前にした。

 真ん中の教官が静かな調子で話し始める。

 乱闘騒ぎのきっかけ、被害者の主張、教官たちの議論の大筋、そういったものが確認されていく。書記がいるので、この場でのことはすべて記録に残るんだろう。

 最後に僕の罪状が告げられた。

「故意に生徒の身体を破壊した」

 そう言われて、僕は思わず教官たちを窺った。

 全員がこちらを見ている。何を考えているかは、わからない。

「間違いないか、リン・リー」

 どう答えていいか、わからなかった。そもそもここで反論して、どうなるのか。

「間違いないか」

「故意があったとすれば」

 この時の僕の中には、いつもの自棄っぱちの心が満ちていた。

「クルップスとその取り巻きにこそ、故意がありました」

 教官たちは、無反応だった。

「それは我々の聞き取りとは異なる」

 真ん中の教官の言葉にも他の教官たちは少しも反応しない。僕の味方がいるのか、いないのか、それがわからない。

「錯乱しているんでしょう」

 我ながら、よく言えたものだと思った。

「錯乱?」教官が顎を撫でる。「君の方こそ、錯乱しているのでは?」

「クルップスは大怪我で、混乱しているのではないですか。もう一人も軽傷じゃないし、無傷の一人も、慌てて逃げ出したので、冷静ではない。何より、僕が錯乱する理由はありません」

 ここで教官の一人でも笑ってくれれば、よかった。

 しかし彼らは鉄の仮面のごとき無表情だった。

「君はたった今、錯乱している」

「独房で長い時間を過ごせば、錯乱するでしょう。ただ、さらに長い時間が過ぎれば、冷静さが戻ってくると、僕は実感していますよ」

 ほとんど暴発している自分に、別の自分が、もっと煽ることを冷静に勧めている。

 教官が、反応するかもしれない。

 でもそれは、虚しい行動だった。

「結論を述べる」

 結局はその一言で、議論なんてする気がない相手に、僕が世迷言をまくし立てた、という記録が書記によって書き取られただけだった。

「リン・リーには無期限で、懲罰を受けてもらう」

 ……なんだって?

 意外な言葉だった。

 てっきり、退学だと思ったのだ。それが、懲罰で済むなんて、おかしい。

 懲罰という名の、私刑かもしれない、とすぐに連想できた。懲罰の最中での事故とか。

 ありえない想像ではない。

 なので僕は血の気が引くのを感じながら、続きの言葉を待った。

「モロー砦へ向かい、そこで実務に従事せよ」

 また分からない言葉だった。

 モロー砦って、どこだ? 懲罰なのに、実務?

 もしかして、その砦の建造を手伝えってことか? しかしどう考えても、建築作業を実務とは言わないだろう。

「正式な通達は本日の十八時だ。明日の早朝には、出立せよ。モロー砦には今日のうちに通達が行われる。なお、移動には馬を一頭、貸与することとする」

 その言葉が終わって、一斉に五人の教官が立ち上がった。そして部屋を出て行ってしまう。

 僕は形だけで拘束されていた両手を解放され、僕が暴れ出した時のためにだろう控えていた教官に、肩を叩かれた。

「田舎へ行って、頭を冷やしてこい」

 そんなことを言われても、僕にはまだ現状が飲み込めなかった。

「今は十五時だな」教官が僕を無視して時計を確認する。「三時間は反省室にいるべきだが、大目に見ておくよ」

 教官が不敵に微笑み、今度は僕の肩を軽く殴る。

「さっきの錯乱に関する意見は面白かった。あれが書き取られた記録は、禁軍師範学校図書室が選定する、師範学校図書大賞の記録部門で第一位が確実だ」

 何が何やらさっぱりわからなかった。

 教官は「さっさと荷造りをしろ。元気でな」と僕をその場に残して、出て行った。入れ違いに清掃員が入ってくる。

 やっと僕は正気に戻った。

 師範学校図書大賞? いや、そこじゃない。

 僕がまずやったことは、図書館に行って帝国地図を確認することだ。冊子にまとめられていて、最後の方に索引のための地名の一覧がある。

 モロー砦……。

 見当たらなかった。モローというのは、地名じゃないのかもしれない。

 書棚から、帝国陸軍防衛網地図、という本を代わりに持ってきた。末尾にある索引を確認していく。

 この地図には帝国陸軍が大陸中に張り巡らせた駐屯地、基地、砦、馬場や果ては駅伝のための施設まで、全部が網羅されている。

 そして索引に、モロー砦、はちゃんとあった。

 ページ数と割り振られた数字をもとに、地図を確認すると、帝都からは徒歩で片道二日ほどだった。

 ただし、割り振られた数字が示すのは山中の一帯で、モロー砦の印も森の中のようだ。

 どうも、帝国の版図が広がり始めた時期、防衛用の拠点として設置された山城のような砦で、今は帝国領内の安全地帯にあるため、重要性はないのだろう。

 次に調べるのは、帝国陸軍施設一覧という本で、こちらはすぐにモロー砦の情報は出てきた。

 しかしとんでもないことに、配備されている兵数は「不定」と書いてあった。指揮官の名前が記されるはずの場所には「随時任命される」とあった。

 兵数が不定の砦があるのは初めて知ったし、指揮官がはっきりしない砦があるとは、知らなかった。

 師範学校では全く教えていない内容だったから。

 というか、これはものすごい僻地で、使えない兵士が左遷される先なのでは?

 帝国地図をもう一回引っ張り出し、僕はモロー砦の場所を確認し、道を頭に入れた。途中まで街道で、あとはなんと、地図には道がない。

 まさか数の定まらない兵士がはっきりしない指揮官に率いられて、山中の砦で孤立するわけもない。

 地図に乗らない道があるはずだ。

 あって欲しい……。

 僕は全ての本を棚に戻し、憂鬱が滲み寄ってくるのを感じた。

 師範学校の一年目が終わる前に、僻地で実務とは、生殺しのようなものだ。

 これではきっと進級もできないだろう。

 こうなってみると、退学を免れた喜びと幸運も、色褪せて見える。

 仕方ない。

 僕は図書館を後にして、足早に寮に向かった。

 明日にはここを出て行かないと。


     ◆


 マリアンナはいつもと変わらない様子だ。

「不公平な処分じゃないかしら」

 私が言うと、マリアンナは片方の眉を持ち上げた。

「クルップスは謹慎、仲間も謹慎、そしてリンは外へ出された。不公平かもしれないけど、それは形だけよ」

「形だけ? リンはもう留年が確定じゃないの。しかも私も知らないような砦で、無期限に働く。そもそも、働くような砦なの?」

「その辺は考えられているので、ご心配なく」

 思わず溜息を吐いて、私はマリアンナを睨む。

「クルップス家は、なりふり構わなかったと聞いているけど」

「金で買えないものがあるのね。皇帝陛下もそれが分かったでしょう?」

「いい勉強になりましたよ、ええ、なりましたとも。それに、腐敗している教官のあぶり出しもできた」

 私がチラッとミラに視線を送る。彼女は今日は廊下に通じるドアの横に控えている。

「それで」

 私はマリアンナに身を乗り出した。

「リンはモロー砦で何をさせられるの? 知らないとは言わせないわよ」

「詳細は知らないわよ、私でも。実際に行ったこともないし」

「どういうところ?」

 問い詰められてマリアンナは頬を撫でた。

「山の中ね。敵もいない。ほとんど孤立している。守備している兵士はあぶれ者ばかり」

「大丈夫なの? そんなところで。不安だわ」

「悪くないところだと聞いているけど」

 確信を持てない様子で、マリアンナが言葉を続ける。

「こればっかりは、リンがどう立ち回るか、でしょうね」

 まったく、いい加減なことをして!

「おっと、皇帝陛下」

 マリアンナがニヤニヤと笑う。

「帝国の最高権力者ともあろう御人が、それを乱用してはいけませんよ」

「私は何も言ってません!」

「リンなら、どうにかしますよ、陛下。強いですから」

 珍しいこともあるものだ。

「マリアンナは、リンを本当に認めているのですね」

「え、まぁ……」

 ちょっとだけ、マリアンナが身じろぎする。見たことのない素振りだった。

「リンはお気に入りですものね」

 さらにつついてみたけど、反応は、やっぱりもじもじしている。

「どうしたの?」

「ま、色々、あるんですよ、皇帝陛下」

「マリアンナ様は」

 突然にミラが発言した。私もマリアンナも彼女を見ている。

「リン様のことを憎からず思っているのですか?」

「え!」

 思わず私は叫んでいた。マリアンナは少し顔を赤らめつつ、盛大に顔をしかめていた。

「どうしてそうなるの?」

 私が尋ねると、マリアンナは視線を明後日の方向に向け、

「強いからね、あいつ」

 と、ボソッと言った。

 私はそんな彼女を眺めつつ、色々なことを考えていた。

 私も、リンのことを、色々と考えたりした。それこそ、マリアンナが噂話を教えてくれた時から、不思議と何かを感じていたのだ。

 それが、マリアンナも、何かを感じていたのか。

 私はちょっと黙ってから、マリアンナに微笑みかけた。

「今の話は、私たちだけの秘密よ」

 当たり前よ、とマリアンナは唇を尖らせた。




(続く)




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