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9 贈り物

 十月を過ぎた頃、一年生にも帯剣が認められた。

 しかし公式の場だけで、普段は帯剣はしてはいけないのだった。

 それでも僕も剣をどこかで調達する必要があった。安物でもいいけれど、一度、師範学校の中に来ていた商人の店で、剣を見たとき、その値段に驚いた。

 師範学校の中にいる限り、お金はほとんどいらないので、仕送りもわずかだけど、その仕送りをまるっと半年は貯めないと、払えない。

 安物の剣とはいえ、それは儀礼用の剣なので、鞘や鍔、柄に細工が施されていた。

 本当の安物の剣なら、今の手持ちでも買えるんだろうけど、帯剣する場面で、無骨な剣を持っているのもどうなんだろう。

 そんなわけで、僕は剣を買うか決められず、親元にお金を無心するかも決められず、悩んでいたのだった。

 郵便が届いたのは、まさに悩みが最高潮に達して、勢いで飾りも何もない剣を買おうか、と思った時だった。

 寮の部屋に持ち込んだのは、細長い箱で、重さがある程度、ある。

 開封して僕は思わず、のけ反った。

 剣が、入っていた。

「これは、また……」

 言葉が出ない。

 ピカピカに磨かれた銀の鞘には控えめながら細かな細工が施されていた。鍔も銀で、これには複雑な模様な透し彫りにされている。

 恐る恐る手に取り、鞘から抜いた。

 刀身は磨き抜かれ、鏡のようだ。

 抜いてみてはっきりわかったのは、その剣の刀身は幅が狭い。そのせいで、少し軽くなる。

 やっと気づいた。

 剣を鞘に戻し、箱の中を見ると封筒が入っていた。慌てて中を検めると、それは先生からの手紙だった。

 先生は僕を心配するような内容は書いていない。ただ稽古を積むように、経験を積むように、と書いてある。

 剣については、先生が新しく打たせた剣で、いつかどの鍛冶師が打ったのか、教えるつもりだとあった。剣の銘は「烈風剣」ともある。

 もしかして、ものすごい剣なのか?

 先生は最後に、僕の健康と、剣の手入れを怠らないことを念を押し、筆を置いていた。

 手紙を机に置いて、邪魔な箱を解体すると、僕は改めて剣を見た。

 研ぎ直した方いいのかな。剣を研ぐ技術は故郷で先生に教わっている。先生が研ぐ要領を詳しく、細かく指導したのが不思議だったけど、これを想定していたのか。

 僕は適当な服で剣を包み、寮を出た。時間はすでに夜だけど、ちょっと剣を振りたかった。

 いつかの寮の裏での私闘の後、キクスが教官を巻き込んだことにより、教官から訓練室の使用を許可されたので、そこへ向かう。

 訓練室はそれだけの建物があり、四階建てで、一つの階が十二に区切られている。

 一階の受付で部屋の鍵を借りるのだが、ここが使えるのは教官の許しを受けたものだけで、満室になっていることは稀にしかない。ましてや今の時間は、人は少ない。

 四階の一室を借りて、僕は剣を抜いて、構えてみた。

 部屋の壁はガラス張りで、自分の姿勢がよくわかる。

 故郷では先生が実際の剣を振らせてくれた。その時の気持ちと感覚が一気に蘇った。

 烈風剣は、どうやら、先生が稽古で使わせてくれた剣と、それほど変わらないように打たせたんだろうと気づいた。

 だから、自然と振れる。

 一度、二度と剣を振って、鞘に収めた。

 もうこの剣が自分のものになったのような、そんな気がした。

 翌日の夕方、僕は刀を研ぎに出た。大部屋で、剣の手入れをする場所が、校舎の一角にあるのだ。

 他に上級生が二人いて、知らない顔だ。

 僕はその二人から離れて、そっと剣を石に当てて、研いでいく。

 まるで自分の心も研がれていくように、落ち着いてくるのを感じた。

 夢中になって研いでいて、気付くと二人の上級生はいなかった。時計を見ると、思っていたよりも時間が過ぎている。この日はこれで切り上げて、三日くらいかけて研ごう、と決めた。

 決めたけど、それはできなかった。

 翌日、馬場から離れようとした僕にキクスがそっと近づいてきて、

「ええ剣を研いでるらしいな」

 と、言ってきたのだ。

「故郷から送られてきたんだ。一年生も、帯剣が認められるんだから、良いんじゃないの?」

「あれはあかん」

 どことなく、固い感じのあるキクスの声だった。

「どこぞの貴族から贈られたベルトとはちゃうで」

 ベルト。

 そのベルトは、リーアがくれたベルトだった。

 例の肖像画を描いている時にもらった包みの中に入っていた。シンプルなものだったので、制服のベルトにしたのだ。

 ちょっと、誇らしかったのは、自分でもわかっている。

 でもそれを見たキクスが「豪勢なベルトやな」と言ったので、尋ねてみると、一流のメーカーのベルトで、僕には手が届かないようなものだと判明した。

 それ以来、あのベルトは封印してある。

 それでも次回、帝宮に行く時は、つけて行くべきか、まだ迷っている、そういう微妙な代物である。

「恩師がくれた剣なんだよ」

「世間知らずの恩師やな」

「どういう意味だよ」

「言葉のままや。あの剣はおいそれと見せたらあかん。お前が一人前の兵士になったら、腰に佩きいな。この学校じゃ、邪魔やさかい」

 爆発しそうな自分に気づきながら、それを抑えられなかった。

「名剣やからな」

 一言で、僕の気持ちがストンと落ちた。

「名剣? 見てないのに、なんでわかる?」

「噂で十分や。昨日、研いどったのを見た上級生が話しとるのを聞いたんよ。その上級生な、剣オタクやねん。学生やけど、目は肥えとるってもっぱらの評判でな。それが名剣や、それも見たこともないほど、って言っとるとなると、これは間違い無く、名剣やろ」

 そんなことになっていたのか。

「まだ試し切りもしてないよ。何回か素振りしただけで」

「うまいやり口があるが、知りたいか?」

「どうやって噂話を収めるの?」

 キクスがニヤリと笑みを浮かべる。

「その上級生に研がせるんや。その代わりもう何も言わず、口を閉じとれ、言うとく。どや?」

「うまくいくとも思えないけど」

「奴ら、剣のことになると我を忘れるからな。名剣も触れるだけで満足するやろ。俺はそう思うで」

 結局、この作戦はその日のうちに実行に移された。

 上級生二人は僕が来るのを待っていたようで、他には好都合なことに誰もいなかった。たぶん、まだ自分たちだけで独占したかったんだろう。見物することすら。

 もしそうなら、キクスの発想は的中しそうだった。

 上級生に話しかけ、研いで欲しいと持ちかけると、彼らは飛びつくように反応した。

 僕がこの剣のことは黙っていて欲しい、と言ったら、まるで犬がしっぽを振るように、頭がガクガクと縦に振られた。

 恐る恐る、剣を手渡し、上級生二人が意見を言いながら研いでいるのを、僕は観察することになる。

 彼らの技術は、僕とは比べ物にならない。

 キクスが言う通り、確かに、オタクだ。

 砥石を数回、変えて、研ぎに研いであっという間に深夜になった。

「こんなもんだろう」

 上級生が布で刀身を拭い、明かりにかざした。

「これは良いな。感動するほどだ。手が震える」

「そうだな、こんな剣に出会えるとは、神に感謝だ」

 二人は口々にそう言って、外していた鍔と柄を素早く元に戻し、鞘に納めて、こちらに差し出した。

「誰にも言わない、約束する」

「ありがとな。良い経験になった」

 二人は嬉しそうな満面の笑みで、部屋を出て行った。

 僕は一人になってから、剣を抜いて、もう一度、明かりにかざした。

 冴え冴えとした輝きに、背筋が冷えた。

 まるでその波紋を隠すように、鞘に戻した。


     ◆


 五回目の肖像画のための集まりの頭で、リンは私に、贈り物は受け取れません、と宣言した。

 わかりきっていたので、私はそれを受け入れたけど、これは事前に想定していたことだ。

 想定通り、計画通りに、ミラが、

「内密にすればよろしいでしょう」

 と、口を挟んだけど、リンは固辞した。

 まぁ、仕方ないな。贈るものも、もっと考えておけばよかったかもしれない。

 肖像画は予定通りの進捗で、おおよそ完成しつつある。この肖像画は、私が死ぬまで、公開はされない。記録のための肖像画である。

 最後に私はリンとマリアンナと短い時間だけ卓を囲んだ。

「そろそろ帰ろうか、リン」

 マリアンナがそう言って、ミラの方を見た。私はちょっと緊張した。マリアンナのこの視線は合図で、リンに席を外して欲しい、ということになる。ミラも知っている。

「先に馬車に行っていてもらえる? 私はお手洗いに行く」

 立ち上がったマリアンナ、リンはミラに連れられて、部屋を出て行こうとする。

「リン」

 私は自然に声をかけた。

「また、呼んでもいいかしら」

 少しの躊躇いの気配を見せたけど、リンは「光栄です」と答えた。

 三人が出て行って少ししてマリアンナが一人で入ってきた。少ししてミラもやってくる。

「噂にすぎないけど」

 マリアンナはドアのすぐそばから動かない。

「リンが皇帝陛下に取り入っている、という噂がある」

「そんな信憑性のない噂が、拡まるとも思えないわ」

「でも、警戒はしたほうがいい。事実無根の噂を広めるのも一つの攻撃で、事実無根のはずが、事実を言っていた、という可能性もある。あるけど、本当に小さな可能性だよ。ここでの会合を、どこかの誰かが知っているのでは?」

 私はミラを見た。ミラは表情がない。

「ありえないけど、誰にも察知できない、ということでもない。いいでしょう、マリアンナ。注意しておきます。ミラ、少し探ってみて」

「頼んだ」マリアンナが軽く頭を下げた。「リンに負担をかけたくない」

 どうやらマリアンナは、本当にリンが気に入っているらしい。

「また誘っちゃ、悪かったかしら?」

「皇帝陛下のご意向には、一人の生徒は反論もできません」

 マリアンナが直立し、敬礼する。いつもの冗談だ。

「今度は気をつけるわ。またね、マリアンナ」

 マリアンナがにっこりと笑う。

「リーアにはもっと友達がいた方がいいよ。それが私の狙い」

「ありがたく、受け取るわ」

 二人でクスクスと笑う。

 ミラは、まだ何かを考えているようだった。




(続く)



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