表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/42

8-2 交流と手合わせ (後編)

 私は目の前のリンをじっと観察した。

 今日までの四回の対面でわかってきたリンの個性には、面白い二面性がある、と私は考えていた。

 一つは慎み深く、謙虚で、どこか腰が引けている。

 もう一つの面は、それらとは正反対で、思い切りがよく、無謀とも言える瞬発力を出す。

 今、私をまっすぐに見ているリンは、後者の方のリンだ。

 すぐに慌てて勢いが消えるだろう、と思っている私の前で、その通りにリンはすぐに顔を伏せ、黙ってしまった。

 面白い少年だなぁ。

「少しは助けてあげてね、マリアンナ」

「御意のままに」

 まったく、マリアンナはいつまで経っても、私が皇帝であることを、からかうように使ってくる。

 マリアンナは食べる動きを止めないまま、リンに絡んでいる上級生が、大会社の経営者か重役の息子である、と話し始めた。

 その話は、師範学校の生徒の水準が、目に見えて落ちつつあると私に密かに伝えたいようだった。

 師範学校に入学するのにも権力や財力が重要な要素になり、入学してからもそれが大きな力になっている。

 これは有力な政治家や優秀な軍人の家系が優遇されるのに似ていて、しかし別の側面がある。

「経済力は国を動かす基本なんでしょうけど、これから、国は経済が中心になるのかしらね」

 話の最後を、マリアンナはそんな風に締めた。

 ここのところ、政府の数人の大臣と、頻繁に会議を開いているのは、大きくは報道されていない。

 参加するのは私と首相、大臣数人、大会社の代表、経済学者などだった。

 この会議の議題は、税制の改革で、大会社や収入が大きい個人に、今よりも高い税をかけるべきか、ということだった。

 もちろん、大会社は反対する。経済学者もそれほど乗り気ではない態度だ。

 政府は財政の安定化のために、国庫に入る分の税率を上げたいし、これをきっかけに大々的に税制を変えていきたいらしい。

 私はほとんどお飾りで、周囲を幕に囲まれたままで、議場の隅に黙っているわけだけど、話は真剣に聞いていた。

「禁軍も地方軍も、縮小させていくつもり?」

 黙っているリンの横のマリアンナが、何気なく質問してくる。

「軍が金食い虫なのは、自明だからね。もちろん、すぐには無理だけど、マリアンナが言った通り、経済界が力を持つのは、避けられないわ。この大陸が平和でいる限り、軍隊は必要ないし」

「地方には何の恩恵があるんです?」

 突然、リンが発言した。私は彼を見るけど、彼は視線を合わせない。

「経済は人の多いところでこそ活性化する、と聞いているから、地方はそもそも、経済の活性化の影響を受けづらいんじゃないかしら」

 リンは「そうですか」と応じただけだった。

 それから少し雑談になり、予定の時間になった。

「リン、これを差し上げます」

 椅子から立ち上がった私は、ミラから受け取った包みをリンに差し出す。リンは目を白黒させている。

「受け取って。それとも、嫌かしら?」

「いえ、頂戴します」

 包みを渡してから、私はマリアンナにウインクする。マリアンナは片方の眉を上げた表情だ。

「次回が最後だと思うけど、半月後、楽しみだわ」

 二人に微笑んで、私は背中を向けた。

 衣装室でドレスを脱ぎ捨て、市民のような服装に着替えた。それから帝宮の中でも皇帝の私的空間である領域に入って、ミラと一緒に食事をした。

「なんであのような贈り物を?」

 今は部屋に侍女も給仕もいない。本当に私とミラの二人きりだ。

 ミラの質問に私は、料理を口に運びつつ、応じる。

「友人に贈り物をすれば、少しは近づけるでしょ?」

「リン・リーの素性をご存じでしょう?」

「彼の先祖は軍人で、勲章も受けているのよ」

「今はただの辺境の一領主で、何の力もありません。領民には慕われていますが、上昇志向はありませんね。リン・リーの兄二人も、これといって、目立ちません。つまり、リン・リーは、陛下と関われるような家柄でも、身分でもありません。そこを、よくご理解ください」

 私には最高の反撃が用意されている。

「彼は、禁軍師範学校の生徒ですよ」

「それがなんなのですか?」

「実力が何よりも優先される、ということでしょ? 違う?」

 苦り切った表情のミラが、食事の手を止め、こちらを見据えた。

「師範学校の腐敗を先ほど、話したばかりでしたが」

「その腐敗の中でもまっすぐに自分を貫こうとする、立派じゃないの」

「立派でも、生徒に過ぎず、まだ一年生です」

 やれやれ。ミラはリンを全く認めるつもりがないらしい。

「彼に何も感じないの? ミラは」

「感じます」

 即答だった。しかも意外なほど、きっぱりとした返事。

「じゃあ、良いじゃないの。私が目をかけても」

「彼の視線には、不思議な感じを受けます」

 私の発言は無視らしい。でもミラが珍しい事を話しだしたので、私は集中した。

「私をよく見ている、という感じです。動きを測るような、そういう見方なのです。私が武術を使うのをどうやって見抜いたのか、それはわからないのですが、今まで、彼に見られていると、探られているというか、まさに測られている、という感じで……」

 ちょっと変な感じのいい方だけど、私は黙って、考え込んでいるミラを見ていた。

 ミラの体術はズバ抜けている。ずっと稽古しているんだろうけど、禁軍の兵士でも純粋な体術では、大半の兵士は倒されるはずだ。

 ミラが思考の中から戻ってこないので、私が話しかけようとすると、ドアがノックされた。

 身近な侍女の一人が入ってくる。

「財務大臣が面会を求めておりますが、どうなさいましょう?」

「会うわ。短い時間と前置きしておいて。とりあえず、着替えますから、待たせておいて」

 私は口元を拭ってから、素早く席を立って、ミラの力を借りて、服を簡略ながらきっちりと着替えた。幕で囲まれるので、相手には見えないけど、気持ちの問題だ。

 謁見の間はいくつかあって、その中でも一番小さな部屋で財務大臣と会った。

 税制の改革案の骨子を財務省としてまとめたものを持ってきていて、私が後で目を通すのを見越して、財務大臣は簡単な説明を口頭でした。

 書類を見て、また質問する、と応じると、財務大臣は頭を上げ、謁見の前を出て行った。

「疲れたわね」

 自分一人で着替えつつ、ミラにぼやいても、ミラは少しも反応しない。

「お風呂に行くわ。食事の残りは片付けておいて」

「わかりました」

 数分後にはもう、母上が作らせた、庶民が使うような小さな浴槽の置かれた浴場で、私はお湯に浸かっていた。

「ミラ」

 声をかけると、ドアが小さく開いた。

「リンは嬉しかったかな」

「困惑したでしょう」

 それもそうか。

 私がお湯の中に一度、沈んでいた。




(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ