8-1 交流と手合わせ (前編)
私は侍女たちが着付けてくれたドレスの裾を少し持ち上げ、足早に廊下を進む。
廊下には数人の禁軍の兵がいるけど、それは選び抜かれたものたちで、最精鋭であり、同時に絶対に機密を守る兵士だ。
彼らは私の顔を見ることができる、選ばれた兵士だった。
「落ち着いてください、陛下」
すぐ後ろを遅れることなく付いてくるミラを肩越しに振り返る。
「約束の時間に遅れたくないのよ」
と言った時にはドレスの裾が足に絡みつき、よろめいた。即座にミラの手が私の腕を掴み、支えてくれる。
「落ち着いた方がいいわね」
ドレスの裾を正しつつ、汚れていないか、破けていないか、確認する。大丈夫そうだ。
それからはゆっくりと進んで、約束の部屋の前に立つ。ミラがドアを開けて、中に入った。
「こんばんは、二人とも。先生も」
中にはマリアンナ、そしてリンがいる。画家の老人は腰を折り、リンが直立しょうとするのを私は手振りで止めた。
素早く椅子に座ると、画家がキャンバスに筆を向ける。
この肖像画の作成のための時間は、半月に一度で、すでに四回目だ。画家との打ち合わせでは、全部で五回で済む、と言われている。
半月に一回なのは、他にも用事が立て込んでいて、どうにかねじ込んだためだった。
リンはまだどこか落ち着かないけど、もう狼狽はしない。
私の様子や挙措、ドレスや装飾品、そういうものをじっと見ているのがわかる。
たぶん、皇帝というものが珍しいんだろう。
「もう秋も終わりが近いわね」
私が椅子の上でじっとしながら話しかけると、マリアンナが頷く。
「リンもだいぶ体力がついてきたわ」
「もう教官に打たれることはないの?」
「自分の口で説明したら?」
水を向けられ、リンが少し居住まいを正す。
「ほとんどなくなりました」
「それは良かった」
「その代わり、間の抜けた上級生には可愛がられているわね」
マリアンナのその一言に、リンは心底から嫌そうな顔をする。
師範学校で禁止されている私闘を、上級生相手にやった、という話は、私はマリアンナから聞いている。
マリアンナ自身はその場にはいなかったし、話を伝え聞いただけのようだけど、どうやらリンは上級生を退けたらしい。
それが今も、リンにとっては煩わしいんだろう、と想像できる。
「間の抜けた上級生というのは、何をするのかしら?」
素知らぬ振りで尋ねると、リンが顔をしかめる。
「剣術の訓練の乱取りで、卑怯な手を使う。走り込みでも、わざと妨害する。馬術の稽古で、馬にいたずらをする」
まったく、そこらの子どもと変わらないじゃないの。
禁軍師範学校は優秀者のみが入れるはずなのに、どうしてそんな生徒が混ざるんだろう。
「それでも」マリアンナが机の上にある皿からクラッカーを取り、ジャムを塗る。「図上演習だけは、連中も形無しね」
その一言で、恐縮したように、リンが俯く。
「図上演習?」
「そうよ。リンの発想には非凡なものがあるし、上級生も図上演習ではちょっかいのかけようがない。でも、勝ち過ぎるのは問題ね」
「勝てば勝つほど、敵視される、ってことね?」
そゆこと、と応じつつ、マリアンナはクラッカーを口に放り込んだ。
「なんで負けて見せないの?」
私が尋ねると、ちらりとこちらの顔を見てから、リンが呟くように、答えた。
「気に食わないからですよ」
意外な返事だった。
「トラブルが起きても、良いってことかしら?」
「望むところです」
そう答えたリンは、私の目を直視していた。
まっすぐで、真面目な色だった。
(続く)




