第二章「先生と出会ったからなんだよ」①
宗平が人生の意味を見つけられていないと言ったとき、ハルカはむしろ嬉しくなった。自分と先生は同じなんだと思った。今まで自分の人生に希望を見出せないでいた。それがずっとつらかった。でも、先生もそうなんだと知ったとき、不謹慎ではあるけれど自分の孤独が少しだけ癒されるような気がしたのだ。自分は先生と一緒にいると安心することができる。それは今まで出会ってきたどんな大人にも抱いたことのない気持ちだった。
ハルカは先生が自分の疑問にきちんと答えてくれることが嬉しかった。どうして人間は生きているのか? 人間はどのように生きていけばいいのか? そんな質問をしても、今までの大人はちゃんと答えてくれなかった。面倒に思って適当に返事をするか、この子はまた奇妙なことを言い出したと呆れるのがいつものパターンだった。時には怒り出す人もいた。だから先生が自分の疑問にこうして答えてくれることが、自分のことを受け入れてもらえたみたいに思えたのだ。
二人を乗せた列車は甲府駅に到着する。二人は電車を降りて駅の改札口を通り過ぎる。そこでハルカは背伸びをしながら宗平に言う。
「やっと着いたね! もうすぐお昼の二時だからお腹が空いちゃったよ。電車に乗る前に何か食べておけばよかった。ねえ、せっかく山梨に来たからほうとうが食べたい。近くにあるはずだから今から食べに行こうよ」
宗平がうなずくと、二人は駅から歩いて数分のところにあるほうとうの店に行く。畳の席につくと二人は大きなかぼちゃが入ったほうとうを注文する。そのほうとうの大きさにハルカは思わず声を上げてしまう。宗平も内心では驚いている。
「すごい、めちゃくちゃ大きいね! おいしそうだけどこんなに食べられるかな」
「食べられなかったら僕が食べてあげるから、君が食べられるだけ食べなよ」
「分かった、ありがとう!」
ハルカはそう言いながらも、あっという間にほうとうを平らげてしまう。
「食欲旺盛だな。まさか僕よりも早く食べ終わるとは」
「えへへ、ちょっと恥ずかしいな。ごちそうさまでした。とてもおいしかったよ」
「確かにこのほうとうはおいしかった。またいつか食べてみたいと思う。じゃあこれからレンタカーを借りにいこう。そのあとはとりあえず旅館にチェックインだな。甲府にあるこの旅館にしたけれど、それで良かったのだろうか」
「うん、大丈夫! 旅館から天体観測の場所までは車で行ける距離だと思うよ」
「分かった。じゃあお会計にしようか」
甲府駅の近くでレンタカーを借りると、二人は予約していた旅館に向かう。そこは和の雰囲気で統一された高級感のある旅館だった。
「すごい! とても良さそうな旅館だね。でも、お金がかかったんじゃない?」
「そんなことはない。君が気にするほどの値段じゃないよ」
レンタカーを駐車場に停めると、宗平は受付でチェックインをする。宿泊者の名前の欄には山本宗平と山本ハルカの名前が書かれている。住所は宗平の自宅で統一されている。それをのぞき込んだハルカは、自分たちが親子であると嘘をついたことに背徳感を抱く。けれどそこには言葉にならない高揚感がある。彼女はドキドキという胸の高まりを感じている。一時的にでも、先生と親子でいられることを嬉しく思う。
「ごめんね、嘘をつかせて」
部屋で二人きりになるとハルカが言う。宗平は窓の外を見ながらそれに答える。
「気にしなくていい。たまにはこういうことも悪くない」
「優しいんだね、先生って」
「そんなことはない。これはただの好奇心だよ」
夜まではまだ時間があるので、二人はレンタカーでどこかに出かけることにする。荷物は宗平が小さなリュックを持つ。ハルカは手ぶらだった。財布と小さなポーチだけ宗平のリュックに入れさせてもらう。スマートフォンはワンピースのポケットに入れていく。
「どこに行きたい?」と宗平が尋ねる。ハルカは近くの名所を検索する。
「展望台に行きたい! 昇仙峡っていうところにあるんだ。甲府盆地や南アルプスを一望できて、遠くには富士山も見られるんだって」
昇仙峡のふもとの駐車場につくと、二人はロープウェイに乗り換える。天気がいいので昇仙峡の展望台からは遠くの富士山まできれいに見渡すことができる。眼下には市街地を見下ろすことができる。ハルカは気持ち良さそうにその景色を眺めている。
宗平は缶コーヒーを手にひと息をつく。思えばこうしてゆったりすることを忘れていた気がする。家族を失ってからずっと収まりの悪い感覚を抱いてきた。でもこうしてハルカと遠くに来てみると、久しぶりに穏やかな気分になっていることに気づく。宇宙についてハルカと話をするのも楽しかった。そこでしばらく他愛のない会話をしてこなかったことに思い至る。誰かと一緒に過ごす時間を心のどこかで切望していたのかもしれない。
「先生とここに来れて良かった。こんなに楽しいのはいつぶりだろう?」
「いつもは楽しくないのか?」
「うん。こう見えていつもはひとりぼっちなんだ」
ハルカは寂しそうな笑顔で前を見ている。彼女も孤独を抱えていることを宗平は知る。ともすれば自分だけが孤独なのだと感じてしまうことがある。けれど、彼女と孤独を共有していることが分かって、自分の寂しさが癒されていくような気持ちになる。
「どうしたら、ひとりぼっちから抜け出せるのかな?」
宗平に友達はいないから、そんなことを聞かれても答えられない。でも、これまで自分に友達がいないことを気にしたことはなかった。かつての自分には家族がいたし、宇宙について考えていれば寂しさを感じることはなかった。自分が寂しさを感じるようになったのは家族を失って仕事をやめてからだ。だから宗平はこう答える。
「自分が夢中になれるものを見つけるのが良いんじゃないか。たとえば僕にとっての宇宙みたいに。そうすればひとりぼっちに悩んでいる時間もなくなる。それでも寂しくなったときは僕のところに来るといい。少しは相手になれるだろうから」
「ありがとう。先生は優しいね。自分が夢中になれるものか……何があるんだろう?」
「君は天体観測が好きじゃないのか? 寂しくなったときは宇宙について考えると良い。あまりのスケールの大きさに自分の悩みがちっぽけなものに思えてくる。つまらない答えかもしれないが、僕に言えることはそれくらいだ」
「分かった。じゃあ寂しくなったときは先生のところで宇宙について考えるよ。先生には宇宙のことをたくさん教えてほしいな」
そう言ってハルカは笑顔になる。宗平もつい口角が上がるのを自覚する。
「宇宙のことならいくらでも語ってあげるよ」
ハルカも景色を見て穏やかな気持ちになっていた。今まで寂しさや苦しみの中で生きてきた。いつしかこの世界から消えてしまいたいと思うようになっていた。でも、こうして先生と山梨までやって来て、展望台からの景色を眺めていると、自分の中のネガティブな気持ちが癒されていくような気がした。先生がいればこの孤独から少しは抜け出せるかもしれない。そう思うとハルカは自然と笑顔になっていた。
「ずっと見ていたい景色だね。なんだか気持ちが晴れてくるよ」
「そうだな。この景色を眺めていると安心する」
そう言って宗平はため息をつく。宗平の険しい表情が少しだけ穏やかになっているのが見てとれる。
そこでハルカは安心する。自分は先生のこんな表情が見たかったんだ。




