第六章「そんなことがもし実現するのなら」②
その日の授業が終わると、綾華は逃げるように教室をあとにする。でも、廊下の隅まで追いかけてきた男子生徒たちが彼女の前に立ちはだかる。彼らは嘲るように言う。
「どこに行こうとしているんだよ。お楽しみはこれからだろう。俺たちについてこいよ。じゃないと、ここでボコボコに殴ってもいいんだぜ」
綾華は逆らうことができず、うつむいたまま彼らに連れていかれることになる。彼女が連れてこられたのは、校庭の片隅にある古びた体育倉庫だった。今では別の場所に新しい体育倉庫が作られているので、その倉庫はほとんど使われていない。
「入れよ」男子生徒のひとりが言うと、綾華は中に突き飛ばされる。彼女が床に倒れ込むと、男子生徒たちは扉を閉める。倉庫の中は暗くて、天井の近くにある隙間からわずかに日光が差し込むだけだ。彼らの顔はよく見えないけれど、嘲笑を浮かべていることだけは分かる。彼女の手足は麻痺したように動かない。歯はガタガタと震えている。その表情は恐怖のあまり歪んでいる。
自分はいったいどんな目に遭うのだろう。まったく予想することができない。おそらく目を覆いたくなるような出来事が待っているのだろう。でも、彼女の頭は想像することを拒否している。考えればその先に待っているのは絶望しかない。
「ひとつだけ言っておくと、俺たちはお前から暴力を受けたことになっている。頬にある傷がその証拠という訳だ。本当はふざけていて怪我したものだけど。女子に手を出すのはいけないと俺たちはお前の暴力を受け入れた。そういう話をすでに教師には伝えてある。今の俺たちは教師のもとにお前を連れていくためにここにいる。でも、お前はそれを拒否して再び俺たちに暴力をふるうことになる。だから、俺たちは正当防衛で仕方なくお前に反撃するんだ。今から俺たちがお前にすることは正当な権利の行使なんだ」
そして、男子生徒のひとりが綾華のワイシャツの襟元を掴むと、彼女のみぞおちを殴りつける。彼女はよだれを垂らしながら、うめき声を上げる。男子生徒たちは順番に彼女のみぞおちを殴りつける。そのたびに彼女は苦悶の表情になる。目には涙が浮かんでいる。四人がそれぞれに彼女のみぞおちを殴りつけると、彼女は床に倒れ込む。苦しさのあまり荒い呼吸が止まらない。これも罪深い自分への罰なのかもしれないと彼女は思う。
それから綾華はブレザーを脱がされ、ワイシャツのボタンを引き剥がされる。そこには彼女の下着があらわとなる。彼らはいやらしい表情を浮かべている。彼女はあまり大きくない胸を掴まれる。その手つきは乱暴なもので、彼女の体には強烈な痛みが走る。彼女は屈辱と恐怖のために顔をそらす。いつの間にか彼女は現実逃避をしている。
綾華は想像している。宗平と一緒に笑っている自分の姿を。それはもう二度と叶うことのない夢だった。宗平と過ごしているときだけ、彼女は楽しいという気持ちを知ることができた。これが家族の幸せなのだろうと想像することができた。でも、その幸せをあろうことか自分の手で壊してしまった。自分はまたひとつ罪を重ねることになった。その罰を自分は受けなければならない。
宗平は言っていた。人生の意味を見つけたら教えてほしい。綾華にとって人生の意味は宗平と一緒にいることそれ自体になっていた。先生と一緒にいるときだけ、自分は生きていることを実感することができる。自分が喜びという当たり前の感情を持った人間であることを実感する。彼女は宗平に伝えたかった。人生の意味はあなたなのだと。
自分の正体を知らなければそれを無言で受け入れてくれたのだろう。でも、先生は本当のことを知ってしまった。自分が本当は醜くて罪深い人間であることを知ってしまった。だから自分の気持ちを伝えることはもうできない。先生に感謝を伝えることも叶わない。
先生にまた会いたいと思う。そして自分の存在を受け入れてほしいとわがままなことを考えてしまう。でもそれは叶うはずのない希望だった。むしろ先生は自分のことを憎んでいるだろう。大切な人から憎まれるという、残酷な現実もきっと自分への罰なのだ。
そこで綾華はふと現実に引き戻される。異様な肌寒さが彼女を襲ったのだ。そこで彼女は気づいてしまう。今の自分が裸であるということに。彼女はいつの間にか制服と下着をすべて脱がされていたのだ。今まで誰にも見せたことのない大切なものが晒されている。彼女はそこで絶望する。きっと自分はここで心を殺されてしまうのだろう。大切なものを汚されてしまうのだろう。そして自分という存在は腐っていくのだ。
でも、そこで倉庫の扉がドンドンと叩かれる。
「大丈夫か、お前たち」声の主はそう言っている。担任の教師の声だと分かる。
「大丈夫です。反撃をくらっていましたが、ようやく落ち着かせたところです」
男子生徒のひとりが声を上げる。他の男子生徒が小声で綾華に話しかける。
「すぐに服を着ろ。でないとお前の裸がみんなに晒されることになるぞ」
そう言われた綾華は、反射的に制服を身にまとう。彼女が服を着たところで、男子生徒たちは倉庫の扉を開ける。担任の教師が中に飛び込んでくる。そして彼女のワイシャツの襟元をつかむ。彼の表情には怒りがにじんでいる。
「犯罪者の血は争えないな。俺の大切な生徒たちに暴力を振るうなんて許さない」
綾華はそこで絶望する。ここから本当の地獄が始まるのだと彼女は悟ってしまう。




