第六章「そんなことがもし実現するのなら」①
十月一日の午前七時、綾華は目覚まし時計の音で目を覚ます。憂鬱のせいで起き上がる気力はない。それでも、学校に行かなければと自分を必死に奮い立たせて、彼女はベッドから起き上がる。食堂にはすでに施設の子どもたちが集まっている。みんながそれぞれにおしゃべりをしている一方、彼女はひとりぼっちで静かに食事をする。彼女のまわりには誰もいない。食事を済ませるとすぐに自分の部屋に引き返す。
ベッドに倒れ込むと綾華は思う。学校には行きたくないな。でも、施設にいるのも息が詰まる。学校にいても施設にいても、自分を受け入れてもらえない。友達のいない自分は孤独を実感する。そしてどこかに逃げ出したくなる。以前はそれが先生のところだった。でも、自分の過ちのせいで先生を深く傷つけてしまった。先生のところに行くことはもうできない。自分の逃げ場所はもうどこにも存在しない。
綾華は重い足取りで施設を出ると、学校に向かう。登校しているあいだ、彼女はずっとうつむいている。楽しそうに話している生徒たちを目にするだけで、心が絞られるような痛みを感じる。うらやましさと寂しさがひとりぼっちの彼女に襲いかかる。
教室に着くと、綾華は黙って自分の席につく。彼女に話しかける人は誰もいない。彼女のことはまるで存在しないかのように無視する空気が学校にはできあがっている。学校の人たちは自分が犯罪者の娘であることをまだ知らないはずだ。それなのに自分はみんなに受け入れられず、孤立している。ひとりぼっちで誰とも笑い合うことができない。
どうしてこうなってしまったのだろう。きっといつの間にか自分が心の壁を作っていたからだと思う。過去に犯罪者の娘であることが露見して、親友から拒絶された経験が重くのしかかっている。もし自分が心を開いても、いつかは拒絶される日がくる。それが呪いのように作用して、人と関わることを回避してしまうのだ。
そして、自分の殻に閉じこもる綾華には誰も心を開かない。仕方のないことだと思う。宿命として受け入れなければならない。それでも、寂しいという思いは拭えない。だから学校に行くのがつらくなる。どこかに逃げてしまいたくなる。でも、今のこんな自分にはどこにも逃げ場所なんてない。大切な人を傷つけてしまう罪深い自分は、どこかに逃げる資格もない。それが自分を追い詰める。自分はどうすればいいのだろう。いくら考えてもその答えは出てこない。息が詰まりそうな空気の中で、彼女は学校の授業を受ける。ふと泣きそうになるのを我慢して、心の痛みを必死にやり過ごそうとする。
休み時間はいつも、机にうつ伏せになっている。寝ているふりをするけれど、実際にはまわりの人たちの話し声がよく聞こえている。楽しそうに話しているその声を聞くだけで綾華は孤独に追い詰められる。我慢ができなくなるとトイレに行って個室に引きこもる。それでも楽しそうな声は聞こえてくる。彼女は自分の耳をふさぐ。気がつくと涙があふれそうになっている。そんな自分のことが情けないと思う。
まわりの生徒たちが人間関係の中で成長したり思い出を重ねたりしている一方、自分はどこにも行けずにこんなところでうずくまっている。変われないまま、毎日を無駄に消費して生きている。こんな自分に生きている価値はあるのだろうか。自分はこの世界に存在していても許されるのだろうか。まるでこの世界への入場許可証を持たないまま、誤って入り込んでしまった異端者のような気持ちになる。自分は本来ならば排斥されるべき人間なのではないだろうか。あるいはもうすでに自分は排斥されているのかもしれない。
昼休みは教室にひとりぼっちだとつらくなるので、サンドイッチを食べるとできるだけ校舎を歩き回っている。誰もいない自分だけの場所を探すけれど、なかなか見つかるものではない。だから結局はトイレの個室に引きこもることになる。この日もトイレの個室で過ごしている綾華は、耳をふさぐと時間が過ぎていくのをひたすら耐える。
いつもは教室に戻るとそのまま授業を受けることになる。基本的に誰かと関わることはない。でもこの日は教室の様子が違っていることに気づく。教室に戻るとなぜか生徒たちは綾華に視線を向けている。その視線はどう見ても好意的なものではない。好奇や侮蔑を含んだ明らかに悪意のある視線だった。彼女はその瞬間に恐怖のあまり身震いする。
自分はこの視線をよく知っている。かつて小中学校で父親の事件が露見したときと同じものだ。ついにこのときが来てしまったのか。でも、彼女はそこで考える。もしかしたら気のせいかもしれない。視線を向けられているのは自分の妄想かもしれない。あるいは、他の理由があってたまたま注目を集めているのかもしれない。だから何も気づいていないふりをして、黙って自分の席に移動する。自分の思い違いであってほしい。でも、綾華は好奇の目を向けた四人の男子生徒たちに声をかけられる。
「なあ、お前って工藤士郎の娘なのか?」綾華は怖くて何も言えない。
「何も言わないということは本当なんだよな。どうして犯罪者の娘がこんなところにいるんだ。正直に言ってお前がここにいるのはみんなの迷惑なんだ。お前の存在自体が立派な罪なんだよ。だからさ、お前のことはこれから俺たちがきちんと矯正してやるよ」
彼らの目には嘲笑が浮かんでいる。綾華は世界が真っ暗になるのを感じる。




