第五章「自分はひとりぼっちだった」③
「ねえ、今からお台場に遊びに行こうよ。新しいネクタイをつけて!」
ハルカはテーブルに身を乗り出す。宗平は少しだけ考える。
「いいよ。今から出かけよう。君が行きたいところに一緒に行こう」
宗平は黒色のネクタイを外して水色のネクタイに付け替える。
「ちゃんと似合っているだろうか。明るい色のものはあまり身につけたことがないから」
宗平は照れ臭そうにしている。ハルカは先生がネクタイをつけてくれたことが嬉しくて口元がニヤけてしまう。いけない。ここで笑うとまるでネクタイが先生に似合っていないみたいになる。笑ってしまうのを必死に堪えると、ハルカは真面目な表情をつくる。
「うん。すごく似合っている。さすが先生だよ。これからはもっとおしゃれをすれば良いのに。先生はスタイルがいいから何でも似合うと思うよ」
宗平はそこで思い出す。もともとファッションに疎いので、涼夏が代わりによく服装をコーディネートしてくれた。自分で服装を選ぶと白黒のモノトーンになりがちで、それを涼夏はよく指摘していた。せっかくかっこいいんだから、宗平にはもっとカラフルな服装が似合うと思うよ。彼は身の丈に合わないと思いながらも、家族で出かけるたびに涼夏が選んでくれた服装を身につけるのだった。
二人は部屋を出ると、電車で新宿からお台場に向かう。東京テレポート駅で降りると、ハルカは外に出て伸びをする。宗平はポケットに手を入れて周囲を見渡している。
「やっぱりお台場はいいな! ここに来るだけでなんだかワクワクするよ」
「これから何をするんだ?」宗平が尋ねる。
「二人でジェットコースターに乗ろう!」ハルカは拳を上げる。
宗平がハルカに連れてこられたのは屋内型の巨大な遊園地だった。休日なので人混みが多く、宗平は少しだけ目眩を感じる。ハルカはアトラクションに目を輝かせている。
「すごい! 楽しそう。ねえ、先生は何から乗りたい?」
「正直に言うと、僕はあまりジェットコースターが得意ではないんだ。だからできるだけ怖くない乗り物がいい」宗平は頭をかく。
「そうなんだ。じゃあ、アレに乗ろう!」ハルカが指差したのは客が立ったまま回転する対戦型の絶叫マシンで、宗平にはどう見ても怖そうだった。
「本当に大丈夫なのか?」宗平の表情はこわばっている。
「大丈夫、大丈夫! あれがいちばん人気らしいから、たぶん怖くないよ」
二人は長い行列に並ぶ。ハルカは楽しそうにこの遊園地について語っている。
「今までずっとここに来たかったんだ! でも、私には友達がいないからなかなかひとりでは来れなくて。だから、今日は先生が一緒に来てくれてとっても嬉しいんだ」
宗平は内心ではこのアトラクションに乗りたくなかったけれど、純粋な目で楽しそうに語るハルカを前にすると断れなくなった。そこでまた涼夏との思い出がよみがえる。彼女は絶叫マシンが大好きだった。デートで遊園地に行くと、ジェットコースターに乗ろうといつも誘われた。「ひとりで乗っておいで」と言うと、必ず「ヤダ!」と駄々をこねる。その様子がとても可愛くて、つい「分かった、一緒に行こう」と応えてしまう。そして、乗ったあとには吐き気に襲われていつも後悔するのだった。
しばらく列に並んでついに自分たちの順番が来る。宗平は恐怖のあまり手が震えているのを自覚する。それを見たハルカは声を上げて楽しそうに笑う。
「先生って面白いね。これだけ大きな体をしているのに、絶叫マシンが怖いなんて」
「う、うるさい。それとこれとは別の問題なんだ。そもそも、絶叫マシンは普通の人間が楽しむものではない。こんなものが楽しいなんて、ただの気狂いに違いない」
「こんなに長い行列を並んできて、よくそんなことが言えるね。ここに並んでいる大勢の人たちはみんな気狂いだって言うの?」ハルカは意地悪そうな表情で言う。
「うっ……なあ、やっぱりこれに乗るのはやめにしないか? 正直に言うと怖いんだよ」
「だめ。せっかくここまで並んだのにもったいないじゃん。大丈夫、きっと怖くないよ」
ハルカはアトラクションに乗って楽しそうに叫んでいた。一方の宗平は黙ってひたすら目を閉じていた。アトラクションが終わるとハルカは爽快な気分で足取りが軽い。一方の宗平はマシンから降りると青白い顔でふらついている。宗平のいかにも元気がなさそうな様子を見て、ハルカは体格とのギャップにまた楽しそうに笑っている。
「やっぱり先生を見ていると面白いな。ありがとう、私に付き合ってくれて。とりあえずどこかで休憩しよう。何か飲み物が欲しいでしょう?」
「そうだな。どうやら僕には休憩が必要みたいだ。今は温かいコーヒーが飲みたい」
「三階にカフェがあるみたいだからそこに行こう。私もジュースが飲みたくなってきた」
カフェに移動した二人は席についてひと息をつく。宗平はホットコーヒーを、ハルカはオレンジジュースを注文した。コーヒーを口にすると落ち着きが全身に広がっていく。
「やっぱりコーヒーは美味しいな。僕はコーヒーがないと生きていけないんだ」
「先生はすごいな。コーヒーは苦くてまだ飲めないんだよね。私もいつかは飲めるようになるのかな?」ハルカはあごに両手をついてため息を吐く。
「別にコーヒーを飲めないと死ぬわけじゃない。君はそのままでいいんだよ」
「ありがとう。やっぱり先生は優しいね」ハルカは笑顔を取り戻す。




