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第五章「自分はひとりぼっちだった」②

「今日は一緒にお誕生日会をしようね。そのための道具もたくさん持ってきたんだから」

「そうか。それはありがたい。誕生日会というのは具体的に何をするんだ?」

「部屋をきれいに飾り付けて、おいしいものを食べて、プレゼントをあげるの。飾り付けのために折り紙を持ってきたから、今日はさっそく準備をしようと思う。お昼ごはんにはケーキを作ってあげたいし、先生のためにプレゼントも持ってきたんだ。今日はとっても楽しみにしていたんだよ」

 ハルカは満面の笑顔でそう言ってくれる。宗平は心にじんわりと来るものを感じる。

「今からすぐに準備をするから、先生は屋上で待っていてほしいな。暑いから申し訳ないけれど」ハルカはそう言って立ち上がると、黒髪をうしろに結ぶ。

「屋上に行くのはいつもの習慣だから構わないよ」宗平はそう言って部屋をあとにする。

 ビルの屋上に行くとポケットに手を入れて東京の景色を見る。煙草は吸わないけれど、口の中が寂しいのでガムを噛んでいる。毎年のように家族が誕生日を祝ってくれたことを思い出す。妻と娘はいつも楽しそうにリビングの飾り付けをしてくれた。そして手作りのケーキを作ってくれた。そのケーキの素晴らしさを思い出す。世界でひとつだけのケーキに胸がいっぱいになった。

 家族は毎年、プレゼントも用意してくれた。娘はいつも手作りのお守りやキーホルダーと一緒に手紙を書いてくれた。宗平は今でもその手紙をすべて保管している。お父さん、ありがとう。お父さんのことが大好きだよ。手紙にはいつもそう書いていた。その手紙を読むたびに涙が堪えられなくなった。そんな彼を見て、家族はいつも楽しそうに笑った。そして最後にはいつも二人がキスをしてくれた。両頬にその温もりを感じながら、家族と同じベッドで深い眠りにつくのだった。

 宗平は家族の思い出にひたりながら、ぼんやりと景色を眺めている。どれだけの時間が経ったのだろうか、しばらくしてハルカが屋上に現れる。彼女はとなりに来ると柵に両肘を置いて宗平の顔を見上げる。彼女の表情は穏やかな笑顔になっている。

「僕の顔を見てどうしたんだ?」宗平は言う。

「別にどうということもないの。ただ先生の顔を見たくなったんだ。先生を見ていると、私はつらいことを忘れることができるんだ」

「ただのおじさんの顔だよ。そんなに良いものではないだろう」

「ううん。先生を見ていると安心することができる。こんなお父さんがいれば良いのにと思うんだ。お誕生日会の準備ができたから、そろそろ部屋に戻ろう」

 折り紙で飾り付けられた部屋に戻ると、ハルカがテーブルにケーキを出してくれる。生クリームを塗ったホールケーキの上にイチゴが乗っている。

「私が作ったの! どうかな?」ハルカは首を傾げる。

「美味しそう。君が作ったのか。すごいな」宗平は素直に感心する。

「私が切り分けるから、食べてみて!」ハルカはそう言って切り分けたショートケーキを小皿に置く。ケーキの上にイチゴを乗せることは欠かさない。

「いただきます。うん、これはおいしいな。君は料理が上手だね」

「やった! 先生に褒めてもらえると、とっても嬉しいよ」ハルカは安心したような笑顔になる。先生のために施設でケーキ作りを練習したことは秘密にする。

 宗平がケーキを食べている向かい側に、ハルカも座ってケーキを食べる。我ながら上手にできたと思う。練習した甲斐があったと嬉しくなる。施設の人たちには作ってあげたい友達がいると説明した。でも、自分にそんな友達はいない。学校でも施設でも、どこでも自分はひとりぼっちだった。誕生日にケーキを作ってあげたいと思える人は、この世界でただひとり先生だけだ。先生と出会うまで、孤独で罪深い自分には生きている意味がないと思っていた。自分がこうして生きているのは先生がいるからだ。

「先生に渡したいプレゼントがあるの」ケーキを食べ終わった後でハルカが言う。

「それは嬉しいな。どんなプレゼントなんだろう」宗平は尋ねる。

 ハルカは青色のラッピングで包装された袋をリュックから取り出す。

「はい。先生、お誕生日おめでとう。さっそく開けてみてよ」

 宗平が袋を開けると、中にあったのは透明なケースに入った水色のネクタイだった。

「先生のトレードマークといえばネクタイでしょう。でも、たまには黒以外のネクタイもつけてほしいなと思って、貯めていたお金で買ったんだ。どうかな?」

「ありがとう。プレゼントをもらえるというのは嬉しいものだね。君とどこかに出かけるときにさっそくつけてみよう」宗平は純粋な笑顔になっている。

 ハルカは安心する。家族を弔うために先生が黒いネクタイをつけていることは本人から聞いていた。でも、十年間も黒いネクタイをつけているのは、たとえ家族のためとはいえ尋常ではない気がした。自分が言えることではないけれど、それはあまり健全なことではないと思う。だから、たまにはおしゃれでネクタイをしている先生が見てみたいと思ったのだ。もしかしたら余計なことをするなと機嫌を悪くするかもしれない。ネクタイを渡すときには内心でドキドキしていた。だから、先生が素直に喜んでくれてホッとした。

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