第四章「なんて弱い人間なのだろう」③
二日後の土曜日、宗平は家族みんなで天体観測に出かけた。場所は茨城にある自然公園で、その近くには宗平が勤めている大学があった。自然公園には車で出かけた。車内では遥楓が楽しそうに歌っていた。それを聞きながら、涼夏は楽しそうに体を揺らしていた。
「何の歌なの?」宗平は運転しながら後部座席の二人に尋ねた。
「幼稚園で教えてもらったお歌なの!」遥楓は元気に言った。
「遥楓はお歌が本当に上手だね」涼夏は感心するように言った。
「お母さんありがとう!」褒められた遥楓はとても嬉しそうだった。
天体観測を始めたのは午後八時頃だった。宗平は見晴らしのいいところに望遠鏡を設置した。遥楓と涼夏は口を開けて星空を眺めていた。二人の瞳は輝いていた。
「すごくきれいだね! お星さまがいっぱい見えるよ!」遥楓が言った。
「本当にきれい。東京ではこんなきれいな星空は見られないもんね」涼夏が言った。
「ねえ、お父さんにお星さまのことを教えてほしいな」遥楓は宗平を見上げた。
「いいよ。まずは北斗七星を探すんだ。夜空の真ん中あたりに明るい星が七つ並んでいるのが分かるかな?」宗平は遥楓のとなりにしゃがんで夜空を指差した。
「うーんと、あれかな? スプーンみたいな形に並んでいるよ」遥楓も夜空を指差した。
「そうだね。あの明るい星たちが北斗七星なんだ。その柄の部分のカーブを辿っていくとオレンジ色に輝いている大きな星があるのが分かるかな?」
「うん! あのお星さまだよね。大きくてきれいだね」遥楓は瞳を輝かせていた。
「あの星をうしかい座のアルクトゥスというんだ。そこからさらにカーブを辿っていくと青白く輝いている大きな星がある。その星をおとめ座のスピカというんだ。その明るさと美しさから真珠星とも呼ばれているんだ」
「本当だ! 宝石みたいにきれいなお星さまがある。確かお父さんっておとめ座だよね」
「そうだよ。だから、僕は星たちの中でいちばんおとめ座のスピカが好きなんだ。まるで僕にとっての道しるべのような星なんだよ。つらいことがあると僕はおとめ座のスピカを探すんだ。すると不思議なことに悩みごとがどうでもよくなってくるんだよ。おとめ座のスピカとうしかい座のアルクトゥスの右側にも明るい星があるのが分かるかな?」
「あの星のことかな? でも、その奥にも明るいお星さまがあるね」遥楓は首を傾げた。
「そうだね。まずは、おとめ座のスピカとうしかい座のアルクトゥスと合わせて、大きな三角形を作っている星があるだろう。その星をしし座のデネボラというんだ。三つの星を合わせて春の大三角形というんだよ」宗平は指先でその三角形を辿った。
「大きな三角形! きれいだなぁ」遥楓も、宗平の真似をして指先で三角形を辿った。
「春の大三角形の右側にある、白くて明るい星をしし座のレグルスという。ししの心臓の位置にあるんだ。そこから明るい星たちが鎌のように繋がっているだろう。それをししの大がまと言って、ししの頭の部分になるんだ。しし座は春の星座の中でもとくにきれいに見えるだろう。毎年、秋になるとしし座流星群も見えるんだ」
「そうなんだ。なんだかしし座ってかっこいいね!」
「やっぱり宗平は宇宙が大好きなんだね。星座について話しているときの宗平は、子どもみたいで本当に楽しそうなんだもの」涼夏は手を後ろに組んで宗平を見た。
「そうか。なんだか恥ずかしいな」宗平はその場に立つと頭をかいた。
「お父さんはどうして宇宙が大好きなの?」遥楓は純粋な目で宗平を見上げた。
「宇宙は子どもの頃から、僕にとって友達みたいなものなんだ。悲しいときやつらいときには、あるいはそうじゃなくても、夜空を見上げるといつでもそこに星はあった。星たちはいつも僕の心を慰めてくれたんだ。宇宙を見ていると、自分のことがとても小さな存在に思えてくる。自分の悩みごとも小さなことに思えてきて、僕は宇宙を見ると元気になるんだ。遥楓もいろんなことに悩むときが来ると思う。そのときは夜空を見上げるんだ」
「分かった。悩みごとっていうのがどういうものか、今はよく分からないけれど、大人になったらたくさんお星さまを見てみるね。そのときはお父さんと一緒に見たいな」
「おっ、それは嬉しいな。遥楓が大きくなっても一緒に宇宙を見に行こう。約束だよ」
「うん! お父さんと一緒にたくさんお星さまを見たい。約束するよ!」
そこで遥楓は小指を出した。宗平はその小さな指を自分の小指でそっと絡めて、遥楓と一緒に指切りげんまんをした。遥楓は楽しそうに笑っていた。
「お父さんの指は大きいね! 私も大きくなりたいな。お父さんやお母さんを見ているとすごく楽しそうだもん。早く大人の仲間入りがしたいよ」
宗平は自分の子どもにそう言ってもらえたことで心がいっぱいになった。涼夏の表情を見ると、彼女も同じ気持ちだということが分かった。宗平は遥楓に言った。
「そう急がなくてもちゃんと大人になるから大丈夫だよ。それよりも子どもを思いっきり楽しんだほうがいい。子どもというのはとても大切な時期なんだと大人になれば分かる。だから、今はお友達といっぱい遊んでね。お父さんとお母さんからのお願いだよ」
「分かった! 今はいっぱい遊ぶね。お父さんとお母さんも、私といっぱい遊んでね!」
「もちろん、いっぱい遊ぼうね」宗平と涼夏は口を合わせた。二人はそこで笑い合った。




