第十話 事件の終結
ミシェルとフローラさんの命はひとまず助かったが、現在の状況はいまだ安心しきっていい状態じゃない。
まだ赤髪の魔人と母さんたちは戦っているのだ。
意識を失っている二人をあいつの攻撃から守らないといけない。
幸いなことにまだ【契約】の効果は続いているようで、涙を流しながらも俺の意識の片隅では常に魔力感知で魔法が飛んでこないかを警戒している。
この神術を発動させているという秩序神は、【ミシェルとフローラを助ける】という【契約】内容には治療行為だけでなくその後の防衛まで含まれていると解釈してくれたらしい。
ありがたい。この集中力が続いているうちは初めての守護魔法もきちんと発動できるだろう。
バドルさんたちは俺が治療をしている間にも少しずつこっちに近づいてきてはいたが、まだ少し離れている。
鬼人の護衛はある程度守ってくれると言っていたが、赤髪の魔人が放つ炎は距離があると完全には防げないようだし、その場合は俺も守護魔法を使わないといけない。
俺の残りの魔力でどの程度まで防げるかが問題だが……とにかく、安心するのはまだ早いのだ。
ミシェルとフローラさんを救ったことで少し緩んでいた気持ちを切り替えて涙を拭い、いまだ交戦している母さんたちの方を見てみると、ちょうど赤髪の魔人が魔法を放つところだった。
「うおぅ!」
赤髪の魔人が狙っていたのは狼獣人の護衛だったようだが、その射線の延長にいた俺の所まで炎が飛んできた。
「【守護盾】!」
いきなりでびっくりしたが、きちんと魔法は発動してくれた。
俺の目の前に、ミシェルとフローラさんごと俺を守れるサイズの白く透き通った光の盾が現れる。
が、今回の魔法は大した威力がなかったようで、その炎は途中で横から飛んできた大きな土塊に阻まれて、俺の所に来たのは若干の熱風だけだった。
その熱風も俺の出した盾に止められ、被害はなしである。
横から飛んできた土塊は鬼人の護衛の魔法だろう。本当に助けてくれたみたいだ。
魔法で狙われていた狼獣人の護衛の人は、母さんが翼を使って飛びながら抱きかかえている。炎がかすりそうになっていたのを母さんが抱えて飛ぶことで回避したようだ。
よく見ると、狼獣人の護衛の人がいた場所には母さんの魔法と思われる闇の幕ができていた。
射線の先にいる俺に配慮して、狼獣人の護衛の人を助けながら入れ替わりに魔法を置いておいたらしい。
たぶんさっきも見た、炎の勢いを弱めていた魔法だろう。
だからあんまり威力がなかったのか。
母さんのファインプレーによって今の魔法では誰も被害を受けなかったが、その結果赤髪の魔人が一人自由な状態になってしまった。
これはまずいかも。またバンバン魔法を撃たれるかもしれない。
そんなふうに思っていたのだが、先程までのうるさい様子とはうって変わって、赤髪の魔人は黙って静かに後退し始めた。
喚き散らしてはいないが口元が動いており、何やら呟いているよう見えるが、流石にここからでは聞き取れない。
「……んだよ……がうぞ。全然……いし…………ういいや……」
翼が万全な状態になっていないためかゆっくりとした動きだが、体はこちらを向いたまま少しずつ浮かび上がるように俺たちのいる場所から離れていく。
逃げる気か?
流石に魔力が無くなりそうになっているのかもしれない。
逃げてくれるなら俺はその方がいいが……。
徐々に離れていく赤髪の魔人を見て母さんも追撃するべきか悩むような素振りを見せたが、人を抱えたまま追いかけるのは流石に拙いと思ったのか、すぐに地面に降りて狼獣人の護衛を放す。
空にいる相手にはどうしようもないという判断か、そのまま狼獣人の護衛は赤髪の魔人の方ではなく、こちらの方に近づいてくる。当然視線はあいつから離していないが。
「フローラ様はご無事ですか?」
「はい、もう大丈夫です」
「ミシェルお嬢様を庇って大怪我を負っていたように見えたのですが……」
戦闘中もずっとこちら側のことも気にかけていたのだろう。
彼はフローラさんがミシェルを庇っていたのを見てたようだ。
ミシェルも重傷を負ったことまではわからなかったみたいだが。
「叡智神様のおかげです」
リンネさんのことはまだ知っている人はいないため、とりあえずソフィーさんのおかげということにしておく。
よく考えたら、このことも後で説明させられるよな。どうしてこの歳で神の恩恵を受けているのか、とか。
転生の話抜きで上手く説明できる内容を考えとかないと。
「フローラ!!ミシェル!!」
俺がなるべく無理のない説明を考えていると、横からフローラさんの旦那さんが駆け寄ってきた。
赤髪の魔人が攻撃をやめて少しずつ離れようとしているため、もう鬼人の護衛の守れる範囲に固まっている必要が無くなったと考えてか。
あの赤髪の魔人がどう行動するかはまだわからないから、なるべく危険なことはするべきではないと思うが……まあ鬼人の護衛たちも徐々に近づいているし、俺も守護魔法はまだ使えそうだから大丈夫か。
駆け寄りたくなる気持ちもわかるしね。
「おぉ……生きている!フローラ……ミシェル……よかった。本当によかった……」
二人が生きているのを改めて確認したフローラさんの旦那さんはそのことに安堵し、涙を流し始めた。
そして俺に向かってお礼を言ってくる。
「ありがとう、少年よ。この礼は必ずするぞ」
「いえ、そんな……」
そのお礼の言葉に返事をしようとした瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えた。
「っ!!」
いきなりのその感覚に驚いて、思わず赤髪の魔人のいた方向を見る。
彼は俺がさっき見たときとほとんど変わらないような位置で何やら口を動かしている。
が、その周りにはさっきまでの魔法のときとは比べ物にならない程の膨大な量の魔力が溢れ出していた。
あいつ、まだあんな量の魔力を!?
あいつが攻撃せずに斜め上へと移動していたのは逃げようとしていたのではなく、上空から魔法を撃つのが目的だったらしい。
こちらから距離を置くように離れたのは、この距離からでもあの魔法で全員を仕留めきれる自信があったからだろう。
実際あの魔力の量はやばい。さっきまでの魔法の威力を1としたら、この魔力量で発動される魔法は30くらいの威力がありそうだ。
あいつを追うべきか迷っていた母さんは、それを見てすぐにこちらへ飛んできて
「全員逃げて!」
と叫んだ。
それが言い終わるかどうかというタイミングで赤髪の魔人の魔法が発動する。
「【爆炎】」
微かに聞こえたその言葉とともに、あいつの姿を簡単に覆い隠す程の巨大な火球が俺たちの方へ向かって飛んできた。
「うそ……」
直径で3メートルくらいの火球であるが、聞こえた魔法の名前は先程見た爆発する魔法だったはずだ。
1メートルぐらいの火球でもかなりの衝撃を伴う爆発だったのに、この火球は単純に体積で計算して27倍あることになる。
一体どれだけの範囲にどれ程の被害を与えるのだろうか。
「ルシフェルッ!!」
母さんは一直線に俺のもとへ飛んでくるが、火球もそれなりの速さがあり、母さんが俺に触れられる距離まで近づいた時には火球もその熱が感じられる程近くにあった。
他の人もろくに逃走する姿勢もとれないままに呆然と火球を眺めている。
かろうじて鬼人の護衛が土の壁を作り上げたが、それは先程の小さい火球を受け止めたサイズでしかなく、この火球が爆発すれば一瞬で吹き飛ぶだろう。
せっかくミシェルとフローラさんを助けられたと思ったのに。
結局俺のやったことは一時の自己満足で、何の意味も無い無駄な行為だったのか?
俺が何をしていようがしていまいが、この理不尽な暴力によって全て破壊されるのが最初から決まっていた結末だというのか。
「ルシフェル……」
俺に触れた母さんが優しく俺を抱きしめて、呟いた。
「愛しているわ」
直後、耳を劈く轟音とともに、白い光が視界を染めた。
何も見えない、何も聞こえない。
俺は死んだのか?
…………誰かに抱きしめられている感じがする。母さんだろうか。
あ、魔力も感じ取れているな……やっぱり母さんの魔力だ。
てことは俺、死んでない?
一体どうなったんだ。
実際に生きているのか自信もないまま、おそるおそる目を開けるように意識してみた。
少し辺りが眩しく感じたが、何も見えなかった状態から視界が開けてくる。
……生きている。
目の前には俺を抱きしめている母さんの姿が見え、母さんの肩越しに辺りの状況も確認できた。
中庭から四方に見えていた屋敷の壁は、そのほとんど全てが崩れ去って半壊状態。
地面は爆発した所を中心にクレーターのような形になってしまっている。
周囲の状況はかなり酷い状態であったが、近くには俺と母さん以外にも何名かが無事に立っているのが見えた。
母さんの体に隠れて見えないが、他の人も全員無事に助かっているだろうと確信できる。
なぜなら、俺たちの周りを白く透き通った光の壁が囲んで、守っていたからだ。
「【守護盾】……?」
いや、俺たちを地面も含んだ全方位から囲んで守っているこれは、盾というよりは結界と言った方がいいかもしれない。もはや別の魔法と言えるだろう。
あれほどの威力を持った魔法から、守護魔法の一種だと思われるこの結界で俺たちを守ってくれた人は目の前にいた。
「クラウ、ルシフェル、気付くのが遅れてごめん。……助けに来たよ」
「お父さん……」
それは、背中に純白の翼を生やした父さんだった。
「エスト……?」
その声を聴いて、母さんも父さんが来たことに気付いた。
「狼煙に気付いて来てくれたのね」
「ああ、剣に集中していたせいで気付くのが遅くなったけど、間に合ってよかった」
俺と同じように目をつむっていた他の人たちも、目を見開き始める。
「助かったのか?」
「これは……守護魔法か?」
「全員無事か!?」
「あの方はまさか……“輝剣”のエステス!?」
それぞれが別々の反応をしているが、自分たちが助かったということは皆理解したようだ。
「怪我人がいるね。治癒魔法を使おう。ここにいるので全員かな?」
「いえ、少なくとも他に護衛が二人……ああ!!セーラとバルグは!?屋敷の向こう側に入っていったが……」
「私たちは無事ですよ」
父さんが治癒魔法をかけようと人数を確認すると、屋敷の半壊した様子から一時退避したセーラさんたちの安否が危惧されたが、その当人たちが俺たちの後ろからやってきた。
虎獣人のバルグさんがセーラさんを支えている。
二人はどうやら屋敷の反対側から中を通ってここに来たらしい。
父さんの守護魔法は人だけを守っていたが、爆発自体がその場で止められるため、屋敷のうち俺たちのいる側だけは一応元の形を保っている。
彼女らが無事だったということは、赤髪の魔人の魔法が発動した瞬間には既に屋敷内のこちらの方面にいたということだろう。
「おお、二人とも生きていたか……しかし、無事ではないだろう」
「恥ずかしながら……私は右腕を潰されてしまい、足手まといにならないうちに一時退避しました。最後まで戦えず申し訳ありません」
「私は……フ、フローラ様の、助けになればと、戻って……」
虎獣人の護衛の人もセーラさんも怪我が酷い。
特にセーラさんは胴体にかなり強い衝撃を受けたようで、喋るのもやっとという感じだ。
「あなたたちも重傷ですね。とりあえず全員に治癒魔法をかけます」
ここにいる全員の状態を把握した父さんは、手のひらに魔力を集め、
「二人はこちらへ来てください。ひと固まりになって。怪我人はまとめて治癒させます」
と指示を出し、セーラさんとバルグさんが重傷者たちのいる所まで移動すると、重傷者たちが集まった中心に向けて光の球を飛ばした。
ふわふわと飛んでいった光球はそのまま彼らのいる真ん中で止まると、輪っかのような形になって重傷者全員を囲むように広がりだした。
すると、その輪っかの範囲内にいる人たちの怪我が物凄い速度で回復していく。
すげぇ。範囲指定の治癒魔法かよ。しかも遠隔。
数秒経った後には、火傷や切り傷で重傷だった人たちやセーラさんたちの状態は完全に治っていた。
この人数を一度に治すって……俺は二人でもかなりきつかったのに……。
まあ俺の場合は即死レベルの二人だったから単純に人数では比べられないと思うが、それでもあの大爆発を防いだ後にこれだけの魔法を使う余裕が残っているって、父さんの魔力量は一体どうなっているんだ?
俺の魔力量も既に一流の魔法使いぐらいはあるってソフィーさんに言われたんだけどな……。
あれ?遠隔でも治癒できる魔法があるなら何故ソフィーさんはそれを言ってくれなかったんだ?
……あ、心臓に岩が刺さったままだったから遠隔でやっても意味無かったのか。それに治った後も守らないといけないしな。
そもそも魔法は自分の体内の魔力を使うわけだから、遠くに影響を与えるのは難しい。どのみち俺が近づくのが一番よかったのか。
「完治している……」
「これほどの魔法……癒しの神の神官か?」
「いや、“輝剣”だ」
完治した本人たちでさえも、その半分くらいの人は信じられないというような顔をしている。
父さんがかなり強いということは知っていたが、正直俺も驚いている。
何やら数名は父さんのことを知っているような反応をしているが、そんなに有名なのだろうか。
「さて、とりあえずはこれでいいかな。後は……」
怪我人が皆完治したのを確認した父さんは、そう言って今度は空の方を向く。
その目線の先には、呆然とした様子でこちらを見ている赤髪の魔人がいた。
「彼を捕まえればいいのかな?」
穏やかな口調の発言であったが、その声からは明確な怒りが感じ取れた。
「ああ、頼む。彼を野放しにしておくわけにはいかない。何故私たちが襲撃されたのかわわからないが、このまま逃がしたら同じように他の所を襲うかもしれない」
「わかりました」
フローラさんの旦那さんが父さんの質問に答え、それを聞いた父さんは左手に持っていた鞘から剣を抜いた。
「あ、ありえねえええぇぇ!なんで俺様の、■■■・■■■様の寵愛を受けたこの俺様の魔法があぁ!完全に防がれているんだあああぁぁ!死に損ないどもも治ってるしよおおぉ!」
空からこちらをずっと眺めていた赤髪の魔人がまた喚き散らし始める。
あれ程の魔法を放ったにもかかわらず俺たちが全員無事であるばかりか、怪我人も全て治ってしまったからだろう。
「少し五月蠅いな。僕は今機嫌が悪いんだ」
翼を広げた父さんはそう一言発すると、物凄い速さで赤髪の魔人の所へ飛んで行く。
「っ!【紅炎】!!」
いきなり肉薄してきた父さんに驚いた赤髪の魔人が咄嗟に魔法を放つが
「【守護盾】」
父さんの出した光の盾によって完全に防がれる。
一度も止まることなく進んだ父さんは、剣を持たない左手の方で赤髪の魔人の首を掴んだかと思うと、そのまま勢いよく地面に叩きつけた。
さらに、赤髪の魔人に反撃の暇を与えることなく、地面に引きずるように低空飛行しながら俺たちのいる正面まで来て止まる。正面といっても、いまだ残る強力な結界の向こう側だが。
しかし、そこで一旦止まった父さんに赤髪の魔人が魔法を放った。
「【地槍】!」
地面が太い槍のような形に変形しながら父さんに向けて高速で突き上がるが、翼の力を使って一瞬で移動した父さんには何のダメージも無かった。
速すぎる。赤髪の魔人の魔法も速かったが、それを避けた父さんの動きはもっと速い。
というか、魔法の発動と同時に動き出していたように見える。
魔力の流れを感じ取って相手の動きを読んだんだろうか。
立ち上がった赤髪の魔人は、俺たちには見向きもせずに父さんに向けて魔法を放とうとする。
「があぁ!てめぇーだけは許さねえええぇぇ!【紅──】」
「動きだしが遅い」
しかし、左手を向けた瞬間に父さんの長剣の斬り上げによってその手が斬り飛ばされた。
「うぎゃああぁ……」
「判断が拙い」
続けて剣を持つ右手も斬り飛ばされる。
赤髪の魔人はこの時点でやっと命の危険を感じたらしく、翼に魔力を込めて逃げようとしたが、動きだす前に翼と両足も斬りつけられ、何も出来ずに地面に横たわった。
「魔力量と適性だけは高いが、それだけだな」
僅か数秒で、赤髪の魔人の四肢はまともに使えない状態になった。
「……凄い」
誰が漏らした言葉かわからないが、その言葉はまさに俺たち全員の心情を表していた。
強すぎる。
あれほど驚異的な存在であったこいつを、僅か数秒で倒すなんて。
父さんはこんなに強かったのか。
「ぐああぁ!そんな馬鹿なあぁ!俺様は最上位魔人族にして■■■・■■■様の寵愛を受けた最強の存在、アマデウス・グリンデガルド様だぞ!」
「魔法の力だけは凄まじいのに、その他が拙すぎるね。ただの才能と人から与えられた力だけで今まで生きてきたようだけど、お前自身の実力は何も無い。お前、はっきり言って弱いよ」
「な……」
父さんからの辛辣な評価に絶句する赤髪の魔人──アマデウス・グリンデガルド。
これは俺も少し思っていた。
右手に持った剣はたまに振り回すだけで全く使いこなせていなかったし、護衛たちの攻撃を回避するのは翼の力に頼りきりだった。
多分今までは魔法のごり押しだけで全て済ませてきたのだろう。
そのくせ魔法を放つことに徹するわけでもなく、まともに使えない剣を持って護衛と戦ってみたりして、それが上手くいかないと結局空に飛んで上から魔法を一方的に放とうとする。
最後に発動したあの魔法を最初から使わなかったこともそうだが、短気でただ自己を誇示したいだけのあの性格もかなりの欠点に映る。
もしあいつの目的がフローラさんの旦那さん(あるいは客人として来ていた鬼人の貴族)を殺害することだとして、あいつが自分の役割に徹する奴だったなら、この襲撃は初撃にあの高威力の魔法を使うだけでほぼ確実に達成できただろう。
「はぁっ!」
地面に倒れたままのアマデウスが口から少し離れた位置から炎を放ったが、それも父さんは守護魔法で完璧に防ぐ。
「加えて、取り柄の魔法も魔力操作が雑でタイミングがわかるから、回避も防御もしやすい。こんなふうにね。まあそれでも普通の魔法使いレベルではあるし、魔力を多くつぎ込んで範囲と威力を大きくすることでなんとかなってきたみたいだけど、僕みたいにきちんとした防御手段がある相手には意味ないね」
実際、鬼人の護衛は近くにいる人は完全に守りきっていた。
そして翼のあった母さんもあいつの攻撃は当たっていない。むしろあいつが母さんの攻撃を喰らっていたし。
守る対象のいない一対一の戦いなら、母さんでもあっさり勝てたかもしれない。
「だああぁ!」
「だからわかるんだって。というか、黙って発動できないの?」
父さんの防御を破れる威力の魔法を出そうとアマデウスが魔力を溜めるが、すぐに父さんが体を突き刺すとその魔力が制御を離れ、マナへと還る。
魔法は集中しないと失敗するからな。失敗しても魔力は消費されるし。
なんだかこいつが哀れに見えてきた。
「コデルロス様、こいつを捕縛し続けるのは難しいと思いますが、どうしましょう?」
「……可能なら情報が欲しいのだがな。最低でもこの襲撃の目的と、どこからこの国に入ったのか、……いや、そもそもこの大陸にどうやって、ということくらいは」
「俺は何も喋らねぇぞぉ!」
フローラさんの旦那さんの名前はコデルロスさんというらしい。
父さんとコデルロスさんが話しているとアマデウスがまた喚きだしたが、みんな完全に無視。
「すまないが、断罪の神の神官が来るか【拘束】の枷鎖が届くまではこいつを拘束してくれないか。もちろん正式な依頼としてだ。助けてくれたお礼も当然するが、それとは別に報酬も用意する」
「僕もこいつを逃がしたくはないですからね。もちろん引き受けますが……屋敷がこんな状況で報酬は大丈夫なんですか?無理して出す必要はありませんよ」
「これで君たちに報酬を払わないと私が責められてしまうよ。こちらのことは気にしなくていい。引き受けてくれたこと、感謝する」
そういう感じで話はまとまった。
「はっ、無駄だね。俺様の力を必要としている連中がすぐに助けに来るさ。何より■■■・■■■様が俺様を見捨てるはずがない。そのときは真っ先にお前らをぶっ殺してやるぜ」
へー。
お前らは組織だって活動してるのな。
それに、さっきから気になっていた聞き取れない名前。
祝福を受けていない状態で神の名を聞いたときと同じようなことが起こっている。
こいつのバックにいるのは神なのか?だとしたら一体どの神だ?
アマデウスはこの短い時間でボロボロと情報を零している。
こいつ魔法以外はマジでポンコツだな。
「まあ、詳しい話は後で聞かせてもらうよ。死なないように治癒はしてあげるから、今は気絶してもら……っつ!!」
アマデウスを気絶させようと父さんが動いたとき、突然アマデウスの体内から邪悪な気配が発せられた。
その瞬間父さんはすぐさま結界内に移動し、魔力をさらにつぎ込んでその結界を強化する。
なんだこの感じは。
物凄い嫌なオーラがアマデウスの体に取り憑いている。
「お……おあ……が……ががが」
その邪悪な気配を持つオーラに包まれたアマデウスは、突然苦しそうなうめき声を出し始めた。
一体何が起こっているんだ?
「そんな……な……何故ですか……■■■・■■■さ……ま……あ”っ……あ”あ”っ……ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」
「な、なんだ!?」
「燃えて……」
突然苦しみだしたアマデウスの体が、直後に発火しだした。
物凄い熱量の炎に包まれて体内ごと燃やされている。
「うっ!」
肉の焼けるような焦げくさい臭いが漂ってきた。
本当に燃えてる……なんで?自殺?
それとも、あいつの言うなんとか様が口封じで殺しているのか?
「みんな下がって」
父さんからの指示にみんながおとなしく従って、アマデウスから離れるように移動する。
誰もがこの嫌な気配から離れたいと思っているようだ。
いまだに意識のないフローラさんは母さんが、ミシェルはセーラさんが抱えている。
「あ……あ…………」
アマデウスの体は既にボロボロの炭のように真っ黒になっているにもかかわらず、邪悪な気配はまだなお色濃く残っている。
それに、あいつは既に死んでいるような状態であるのに、その体の中心には残っていた魔力が全て集まってきているのがわかる。
不気味だ。
あれは何だかよくない気がする。
「【守護盾】!」
父さんがさらに守護魔法を重ねがけたところで、アマデウスの体内で集まっていた魔力がチカチカと点滅をするように光り、大爆発を起こした。
幸いなことにその威力は先程のとんでもない魔法には及ばず、父さんが最初から展開していた結界だけで止められ、たった今父さんが発動させた守護魔法にも届くことなく終わった。
しかし、爆発の中心にあったアマデウスの体はもう跡形も無く消え去っていた。
邪悪な気配も完全に無くなって、そこは元々何もなかったのだと言われたら納得してしまいそうな程だ。
「口封じか……」
父さんが隣でそう呟くのが聞こえる。
まあ、あいつの性格からして自爆ではないよな。
あいつの言ってたなんとか様か、あいつの仲間が何かしたのだと思う。
あいつ頭悪かったからな。そういう手段をあらかじめ仕掛けていなければたくさん情報漏らしていただろう。
これで全て終わったのだろうか。
だとすればなんだかすっきりしない結末だ。
とはいえまあ、ミシェルとフローラさんを救えたことはよかった。
これで一件落着ならば、俺にできる最善は尽くせたことになる。
「……もう大丈夫のようですね。結局情報は得られませんでしたか」
そう言いながら父さんが守護魔法を解く。
自分以外の人からはっきりと事態の終結が告げられたことで、俺の心に安堵の気持ちが広がった。
本当に終わったんだ……。
ずっと張りつめていた気持ちが緩むのと同時に、【契約】の強制化によって無理やり動かしていた肉体と精神が急激に限界を迎えるのを感じた。
あ……ミシェルとフローラさんが助かったのが確定したから、【契約】が達成されたという判断で強制化が終わったのか。
冷静にそう分析しながらも、意識が遠のいていくのがわかる。
やべ。無理しすぎたかも。
自分のした無茶に呆れながらも、そのとき俺の心にあったのは確かな達成感だった。
そして俺は──意識を手放した。




