ヒロインは海外でもから回る(4)
●それでも、終わりはやってくる。
流石にね。何年か経てば、あたしも妄想から目が覚める時が来る訳。
二十も過ぎて、まだ夢に生きてるのは辛いっていうか。……そういえば、これでようやく前世の年を上回ったのね。ちょっと感動だわ。
なーんて、そんな感動も長くは続かない。
……この、監獄みたいな陸の孤島。だけど平和な、学生生活。ここから出た先、未来を考えざる得ない歳になれば、将来を考えざる得なくなるのよ。
進路相談、将来への希望。
そんなのが、当たり前に周りで話されるようになってからは、あたしも焦ってくるわけ。
「あと、二年で……」
ここから出ていくことになるって時に、あたしは随分と、迫り来る未来に怯えていたの。
この数年というもの、クラスでも私生活でも、一人は寂しくって辛くて。あたしは悪評にもめげず、周りになんとか食いついて、クラスの会話に混じろうとしたわ。
その努力の甲斐あって、尻軽女っていう、いやな烙印は消えないけど、少しぐらいは話せる人も出来たの。……海外セレブのガールフレンド仲間、という形でね。
あれね、一度誤解を受けると引きずるって本当ね。全然誤解が解けないままに、噂ばかり一人歩きしてるわ。
……姫様もあの頃は、こんな、悲しくて辛くって。誤解を解こうと努力してたのかしらね。
「セイ、あなたはどうするの? やっぱり、卒業したらジニーの愛人として生きてく訳?」
セイっていうのはあたしの愛称。星愛だから、セイってね。
「だから、違うって言ってるじゃないの! 彼は、仲のいい友達よ!」
ジニーっていうのは、珍しくあたしと話すことのある、クラスの男子の名前。でもまあ、ただ気のいいだけの青年で、本当に何にもないのよ。
うんざりしながら、ややオーバーな動きを交えて言い返すけど……笑顔の友人は信じていないようだ。妙に生暖かい笑顔を向けている。
「あぁ、そういえば先約があるんだっけ? 婚約者いるんでしょ?」
何故かライスが入ってるサラダを摘みながら、友人の一人が言う。
「アタシも知ってるぅ。あの子でしょ?」
それに釣られて、パンケーキを頬張る友人も話に乗ってくる。
「ちょっとカワイイ子よねぇ。彼もガールフレンド募集してないかしら」
この、あたしの友人三人組は、爪の先まで綺麗にした美人達だけど、色々とゆるい。
この子達の場合、ガールフレンドとは、愛人にしてほしい、っていう、大変肉食系な意味になって。
「ちょ、ちょっと。そういうの本当にやめてよ」
ちょっといやな空気よ。こんなの、あいつに聞かれたら大変じゃないの。
またろくでもない罵声が飛んで来ると思って、あたしは慌てて友人らの下世話な会話を止めるけど。
こういう時に限って、当人が来ちゃうのよねぇ……。
安くて量があって味はそれなり。そんな寂れた学食に、見るからに御曹司、って感じの育ちのいい男が来たから、あたしの友人らは席から素早く立ち上がり、黄色い声をあげて突き進むと、弘樹の腕に絡みにいってる。なんてアグレッシブ。
そんな女達を軽くあしらいながら、俺様な態度で弘樹はあたしに言った。
「俺が何を募集していると? ……お前、また俺が余計な問題を背負い込ませるつもりか。俺を貶めて楽しいのか?」
美人に絡まれながらも眉間にしわを寄せた不満顔で、ジロリと、どこまでも厳しい目つきで弘樹はあたしを睨む。
「じょ、冗談じゃないわよ! これ以上、あんたに借金するつもりなんてないわ! あたしだってそれぐらい学習するもの!」
「ハッ、どうだか……」
あたしが強く言い返したら、鼻で笑ったわよこいつ。
こいつが怒ってるのは、それなりの理由がある。
セレブゴシップっていうのは結構どこからでも流れていくもので。
有線電話しかない、外には制限が掛かってる筈のここでも、やる気になれば違法の無線機なんかを自作して、この監獄の外に余計なおしゃべりを流す事は出来る、らしいの。
あたしはただの学生だしそんな技ないから、どうやって抜け道を作ってるのかは知らないけど。
……もし方法を知っても、砺波の監視が怖いもの。そんなのやらないわよ、やらないってば。
まあ、そんなごく細い線で、外に漏れてしまったあたしの……磐梯の令息の婚約者のゴシップ。
ちなみに弘樹が後継者から外れた事はまだこの時、外には言ってなくて。
何分、色々と問題のある婚約解消の話だから、磐梯は余計なお家騒動を嫌って、ギリギリまで伏せてたの。冷清院の方は……どうなのかしら。まあ、あたしがそれを知れる訳もないわね。
とにかく、正式発表は、この監獄を出て、実際に系列の閑職に据える時に、と考えてるようで。
それが悪い形に働いて、この時は確かに、磐梯の御曹司の婚約者であるあたしの、スキャンダルが漏れて。
噂を消す為に、かなり大きく人やお金が動いたっていうの。
セレブって本当に大変ね。まさかの事態に、誰もが青くなったんだって。
「大体、あんな噂、嘘だもの! あたし誰とも何もしてないわ」
そうあたしがきっぱり、断言しても。
「お前の言葉は何一つ、信用出来ない」
弘樹はただ冷たい目であたしを見るだけ。
分かってる。分かってるけど!!
そう彼に言われるだけの事をあたしは、したのだけれど。
自業自得だけど。
●ヒロインは未来に絶望する。
あたしは恐怖する。
二年後の事を。
信用できない同士、愛も何もない。
そんな男女がこれから何十年も一緒に、過ごす。
それは罰だ。あたし達は否応もなく、一つ処に押し込められて、そこでもまた監視を受ける。
そんな地獄が、そこには待ってる。
この平和な監獄から出てすぐに、あたし達は……また新しい檻に入れられるのだ。
「あ、あたし、だって……あんたの事なんて、信用出来ないよ」
あたしは俯いて、小さく呟く。情のない事を。
「それは良い事を聞いた。お前になんて好かれたくない。ずっとそのままでいろ」
鼻で笑って返す言葉もまた酷い。
「なんって事言うのよ!! サイッテーね!」
姫様を喜んで、裏切ったくせに。こいつって全然、反省しないんだから!
裏切ってまで一緒にいる事を選んだあたしに、辛く当たるあんたは、いったいなんなのよ!!
あたし達の喧嘩を見て、友人達は大喜びで弘樹に飛びついた。
「ねえ、あたしなんてどう? 尽くすわよぉ!」
それを慣れた様子で振り払う。うんざりした声で友人に言うあいつは。
「これで何度目だ、ビー。俺は愛人はいらない。あの女も、いらない」
それを周りの野次馬達は、指笛まで吹いて囃し立てる。
「やれ、やれ、もっとやれ! そのいけ好かない野郎に水でもぶっ掛けちまえ!」
「ヒュー、ヒロキはクールねぇ!」
「でも、あの人本命からフラれたんでしょ、ちょっと……格好悪くない?」
なにせ、この監獄にあるのは、2日遅れの新聞や雑誌、ケーブルテレビぐらい。暇だから、刺激に飢えてるの。
学生同士で口も軽いしね、個々人の監獄入りの理由もまた、知れてるもので。
「セイは男が何人もいたんだってな! あんなガキみたいなのの何がいいんだ?」
「物好きもいるんだろ。オレは隣の赤毛の子がいいけどな!」
「ハーイ、ありがと!」
周りの奴らも調子いいわ。いつだってあたしと弘樹の喧嘩は、周りの娯楽になっている。
「いいぞセイ、そいつ殴っちまえ!」
わかってるのに、熱くなって。あたし達は観衆の言うとおりに、罵り合う。
「アッハッハ! 今日もなの? 飽きないわねぇあなた達。お似合いじゃないの、お二人さん!」
そう言って笑われるぐらいには、あたし達の喧嘩は、ここ数年でこの学校の名物に、なってた。
あたし達はあの日から……あの、十七歳のハロウィンパーティの日から……。
ただひたすら相手の悪いところばかり見て、好きにもなれないで。努力なんてしないで。
ずっとずっと、お互いを嫌い抜いてる。きっとよく似た気持ちを抱いて。
憎しみあっている。
それは不毛だ。すごく、不毛。でも、今更好きになんてなれないんだよ。
だって、相手の最低な性根を、お互いに知っているからね。
ここ最近は気持ちも荒れて、喧嘩の回数も増えてきた。
「あんたなんて、ヘタレな振られ男のくせに!」
「そう言うお前は、最低の嘘つき女だろうが」
「…………」
「…………」
お互い痛い所を突かれて黙りこんだあと。
「くっ……。暴力男!」
「何だと、強欲女」
「大体お前は何なんだ、しおらしい態度も演技だったのか!」
「そっちこそ! リーダーぶってえっらそうに皆を率いてたのはいつの事! このぼっち男!」
「お前程ではない!」
「あたしだって、あんた程じゃないわよ!!」
あたし達は罵り合いにふっと覚めると、酷い疲労感に襲われて、口を閉ざす。
そうして熱が覚めたあたし達に、周りの野次馬も解散する。
それが、いつもの、流れ。
もういっそずっとここにいたい――孤独で退屈であっても、この監獄は平和だった。
あたし達が一緒に居ても、どうなるのかなんて分かりきってるのに。
「なんで、こんな事に……」
弘樹がぽつりと呟く。きっと彼の頭の中には、黒髪の綺麗なお姫様の姿が描かれていることだろう。
「なんで、だろうね……」
あたしの頭の中にも、本当に好きだった、あの人の姿が浮かぶ。
でもね、あたし達は、決してその人たちとは幸せになれないの。
日本から遠い遠い異国の地。
ここにいる、互いを憎み合うあたし達はきっと、写し鏡のようによく似た、愛する者を傷つけた。
――裏切り者だから。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




