3・黄博 雷希
赤城 桂太が亡くなってから早二ヶ月以上が過ぎた。
今日は久しぶりに緑川 李良とデートする事になっていた。
今まで李良から連絡はあった。
体調が優れないと本当のことを言っていたが、流石に会っていない時間が長すぎたため、浮気を疑われ別れを切りだしてきた。
黄博はしかたないと思いながらも怠くなっている身体を動かして出かける準備をしていた。
向かうは駅近くのショッピングモール。
入り口付近には変な形をしたモニュメントがあり、いろんな人が待ち合わせに使っているのだ。
そんなモニュメントの近くに李良はいた。
「すまない、遅れた」
「本当だよ。 私三十分も待ったんだからね」
久しぶりに李良を見た黄博。
己の中にくすぶっていた物がわき上がろうとしていたが、身体が言うことを聞かないもどかしさに苛立ちを覚え始めていた。
そんな黄博の事などお構いなしの李良。
雷希と会えたことが嬉しかったのだろう。
早速建物の中へ黄博の手を引いて入っていった。
李良はウィンドショッピングを楽しんでいる。
そんな彼女の姿を見て黄博は多少の身体のだるさなど気力で吹き飛ばしていた。
昼時になり、二人は食堂にやってきた。
「雷希は何食べたい?」
李良は黄博の食べたい物を聞いてきた。
しかし黄博は食欲など無かった。
前から異常が出始めていたのだ。
もう一人、青木も同じだという。
以前二人で会ったときに話をしていた。
「最近食欲が全然わかないんだ」
青木が言ってきた。
黄博も身に覚えがある。
「俺もなんだよ・・・、夏バテかな」
黄博も答え、更に付け加えた。
「それと、食べてもほとんど水状態で出てくるんだよ。 病気かな」
「なんだ、ヒッキーもか? 俺もだ」
どうやら青木も同じ症状らしいとのこと。
二人は頭を悩ましたが、原因が分からなかった。
その後は今後のことについて話をし、しばらくは配信しない事になった。
それが二ヶ月前の出来事であった。
そして今。
「李良が食べたい物でいいよ」
「本当? なら中華が食べたいかな」
黄博と李良は近くの中華料理店へ向かった。
楽しそうにしている李良に申し訳ないと感じている黄博。
二人は席に着き、料理を注文する。
李良は好きな物を注文するが、黄博はコーヒーだけを注文した。
「雷希は食べないの?」
「あぁ、俺はコーヒーだけで大丈夫だ」
暫くすると注文した物が運ばれてきた。
李良は料理を美味しそうに食べる。
「美味しいか?」
黄博は李良に聞いてみた。
「うん、美味しいよ。 でも、なんでそんな事を聞くの?」
黄博がそんなことを聞いたのは、味覚が感じられなくなっていたからだ。
「李良が美味しそうに食べているからだよ」
李良は運ばれてきた料理を黙って食べていく。
黄博は味のしないコーヒーを飲みながら李良を眺めている。
「ねぇ、この後どうする? また公園に行く?」
李良の問いに黄博はここ二ヶ月程、李良とまともに二人きりになった記憶がない。
原因は体調不良で、会う気力も無くなっていたのだ。
今日は折角李良に会ったのだから、行ってみるかと思い始める。
李良といつもの公園を歩けば何か変わるかもしれないと考えたのだ。
この時、黄博は気がついていなかった。
己の性的欲求が無かったことに。
*
食事を済ませ、ショッピングモールを出た二人は、駅の反対側にある公園へと向かった。
公園の少し奥に小さなテラスがある。
二人はそこへ向かって歩いていく。
「今日は誰もいないね」
李良は羽織っていた上着を脱いで、荷物と一緒に隣の椅子の上に置いた。
黄博はそんな李良の動作をじっと眺めていた。
李良は薄手のシャツ一枚羽織っている姿となり、涼しそうに目を閉じた。
日差しはまだ強い。
李良のうなじから一滴の汗がこぼれ落ちる。
そんな開放的な李良を見ていても黄博は何も感じなかった。
黄博はこの時初めて己の身体の異変を痛感した。
李良を見ていても前みたいに抱きしめたいと言う気持ちがわかないのだ。
食欲だけなら医者に行けばいいかと考えていた。
だが、これは違った。
黄博にとって李良は最高の女。
公園に来ればいつもお互い唇を重ねて愛し合うことが出来た。
だが今は違うのだった。
黄博は確かめるべく、目を閉じている李良に近寄り、その唇に己の唇を重ねるのだった。
李良は薄目を開けて、黄博を受け入れた。
そして唇を離し、李良は胸の内を語った。
「本当はね、もう会ってくれないんじゃないかと思ったんだよ」
黄博は隣に座って聞いていた。
「私のこと捨てたのかなって・・・」
それを聞いた黄博は言った。
「そんなことはしない。 李良は俺にとって最高の女だ。 手放すわけがない」
二人は見つめ合い、再びキスをした。
黄博と李良はテラスで口づけをしている。
互いに舌を絡めあい、黄博は李良の服の上から胸をもみ始めた。
だが、感触がおかしくなってきたのだ。
最初に触れた時に感じていた李良の柔らかい肌の感触が嘘のように消えて、今感じているのは泥団子をこね回している感じでしかなかった。
李良も異変を感じていた。
黄博と濃厚なキスをしていたのに、口の中に感じている物が次第に生臭さと泥臭い物へと変わってきていた。
「やめて・・・やめて雷希・・・」
頼み込む李良だが、黄博は必死の形相で李良の胸を強く握り回していた。
「痛い、やめて雷希・・・」
それでもやめてくれない黄博に拒絶してしまった。
「やめて!」
李良は黄博を突き飛ばし、口の中の気持ち悪い味に吐き出した。
「・・・なぁ、なんで突き飛ばすんだよ・・・」
ゆらりと立ち上がる黄博。
その姿を見た李良は口を拭い、逃げるように椅子から転げ落ちた。
「なに? その態度・・・。 お前は俺の物だよ?」
黄博の変貌ぶりに李良は恐怖した。
「こ・・・こないで・・・近寄らないで!」
この時李良は初めて黄博を拒絶した。
「はぁ? 俺の物が口答えするんじゃねーよ」
変だ。
今の黄博は変だ。
そう感じた李良は立ち上がれず、その場から後ずさりをして柱を背にしてしまった。
「なぁ、俺を見てくれ・・・見てくれよ、なんでこうなっちまったんだ?」
黄博は李良に涎を垂らしながら迫ってきた。
李良は黄博のそんな姿を見たくなく、目を逸らした。
黄博の口から何とも言えない異臭が立ちこめてきた。
「ヒッ・・・」
李良は小さく悲鳴を上げた。
もはや後ろに下がれず、黄博が目前まで迫ってきた。
異臭は更に強くなり、李良は気分が悪くなったがゆっくりと立ち上がり黄博を突き放した。
「痛いじゃないか、彼氏にすることじゃないだろ? なぁ、李良・・・」
今の黄博はまともじゃない。
掴まれたら何をされるかわからない。
李良は荷物を手に持ち逃げようとした。
しかし、恐怖のあまり荷物を地面に落としてしまい、しゃがみ込んで拾おうとした。
焦る李良は一度黄博を見ると、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「来ないで雷希! 来ないで! 誰か! 誰か来て! お願い!」
李良は迫ってくる黄博から一刻も早く離れたかった。
荷物を諦め、立ち上がろうとしたが足がもつれてうまく立ち上がれない。
なんとか立ち上がったが、黄博に腕を掴まれてしまった。
「離して! 誰か! 助けて!」
公園に響く李良の悲鳴。
「おいおい、ひどいじゃないか彼氏に向かって、それはないだろ?」
黄博は李良の首に手をかけ、強く握り始めた。
「ぐっ、や・・・やめ・・・て」
黄博は首を絞めるのをやめない。
「おいおい、おれはいつだっておまえのことだけをかんがえていたんだよ? それなのに、にげだすなんてひどいじゃないか」
黄博は首を絞めつけた。
「ら…らい…き」
苦しむ李良はなんとか黄博から逃げ出そうとしていた。
先ほどの悲鳴を聞きつけた近くにいた人々が、何事かとテラスの外側から様子を窺った。
彼らは見た。
若い男女を。
男が女の首を絞めつけている光景を。
女の子が危ないと感じ、近くにいた男が黄博と李良を引き剥がそうとしたが、黄博は止まらない。
別の男性が後ろから黄博を羽交い締めにして、ようやく李良を離したが、李良はすでに息をしていなかった。
黄博は男性をふりほどき、執拗に李良へ迫っていく。
そこに黄博と李良を引き剥がした男は黄博の腹へ思い切り蹴りを入れたのだ。
黄博はそれをまともに喰らい、柱まで吹き飛んだ。
黄博を羽交い締めした男が李良を見て、直ぐにスマホを取り出し救急車を呼んだ。
柱に蹴り飛ばされた黄博は自分のお腹に手を当て、異変に気がついた。
「な・・・なんだよこれは!」
そう、黄博の腹部を中心にシャツが赤く染まっていたのだった。
それを見ていた二人の男性は唖然として、その光景を見ていた。
離れたところで様子を窺っていた女性が近寄り、その現場を見て悲鳴を上げた。
男性のスマホからは救急隊員の声が響きわたる中、黄博の身体に変化が現れた。
さっきまで普通の男の身体が、腹を赤くしながら、更に腐り始めていくのだった。
悲鳴を上げていた女だけではなく、男性二人も悲鳴を上げた。
*
後日、この事件は報道されたが、あまりの変質ぶりに詳細は伏せられた。
その頃、洞窟の壁画には腹が裂かれた人物の絵が浮かび上がっていた・・・。




