仲間の願い
「ずっとここにいらっしゃるのですね。勇者殿」
この前と同じ場所に勇者はいた。勇者の背に、再び真っ白いローブをまとった魔法使いが言葉を投げた。
隣に来ても何も反応がない勇者を見て、魔法使いは小さくため息をついた。
「勇者殿。よければ、少し街を見てみませんか? あなたがたが守った街を。色々な場所を見たら、あなたの本当の願いが見つかるかもしれません」
城から少し離れた街に勇者と魔法使いは降り立った。地面は石畳で舗装され、建物も大きく立派なものが多い。歴史を感じる建物が多いが、どれも手入れがされており、古臭さは感じない。
勇者は街へ出てもなお、抜け殻のようだった。ただ黙って魔法使いの後を歩くだけだった。
二人の近くに少し質素だが、明らかに庶民のものではない馬車が停まった。
馬車から身なりのいい男性が降りてきた。
「突然失礼して、申し訳ありません。筆頭宮廷魔法使い様ではないですか?」
魔法使いが頷いて応える。
「隣にいらっしゃる方は、もしや勇者様ではないでしょうか?」
二人が否定しない様子を見て、男は感激したように勇者へ向き直った。
「勇者様方にどうしてもお礼を申し上げたかったのです。魔王を討伐していただき、ありがとうございました。これで平和になります」
「…………ああ」
「あと、インヴェルノ様にこうお伝えください。あなた様のおかげで騎士団の改革が起こり、戦死者が減り、経験豊富な騎士が増えました。騎士団の体制は徐々に安定してきました」
勇者は不思議そうに男を見た。
「…………! 帰還されて体を休めているのに、べらべらと失礼いたしました。それでは、私はこれで」
男は再び馬車に乗り、去っていった。
「勇者殿。先ほどの者は王宮貴族の改革派の一人です。彼は主に騎士団の体制改善について訴えていた方です」
「…………なんであの貴族はインヴェルノに言及していた? インヴェルノは王宮騎士団に所属していたが、なぜ?」
「インヴェルノ様はずっと魔王を討伐した暁の願いが『仲間の蘇生』でした」
「ああ、出発前からそのことは言っていたし、なんなら旅の途中でも常々言っていた」
「魔王を討伐する者の言葉は非常に影響力があります。インヴェルノ様の願いは国中に広がり、騎士団の戦死者数に注目が集まりました。騎士のこれまでの処遇を考え直すようになり、かなりの改善がされました。戦死者が減り、志願兵が増え、経験豊富な騎士も増えました。騎士の育成も今、進もうとしています」
勇者はただ静かに魔法使いの言葉を聞いていた。
「インヴェルノ様は国の体制を変えた一人です」
先ほどの場所から移動し、城は遠くに見えた。中流家庭が多いのか、先ほどより建物は小さく質素になった。街に出ている人も多く、彼らの身なりは高価なものではないが、生活に困っているほどではないことがわかる。
大きな広場に出ると、露店が多く並び、多くの人が行き交っていた。なんとはなしに勇者は露店の方へ目を向けた。
「!」
「どうされました?」
「……あの男、新聞を読んでいる。…………あの女は難なく計算ができている」
「…………ああ、昔と違って皆、簡単な読み書きや計算はできるようになったのですよ」
「物売りでも計算ができないやつや、読み書きができない人間なんてザラにいた。だから、よく詐欺に遭っていただろ」
「数年前に、ある歌と本が流行しました」
「…………は?」
「あれ? ご存じではないのですか? あなたの仲間が作者ですよ」
「…………は??」
魔法使いは手を耳に当て、耳を澄ませるよう促した。
勇者が耳を澄ませると、こちらへ近づいてくる子どもたちが歌を歌っていた。
「ねえ、君たち。その歌は何の歌ですか?」
魔法使いがすれ違う子どもたちに話しかけた。
「…………! これはね! アウレア様のお歌だよ!」
子どもたちの中で一番年少の女の子が、得意げに返事をした。
「この子はこれから文字を覚えようとしています。まずは歌でリズムに合わせて覚えて、読み書きができるように…………」
女の子より年上の少年が補足するように説明し、手に持つ本をこちらへ見せた。
本は読み書きの本のようだった。
「…………表紙にアウレアの名前が書いてある」
「うん。無償で本をくれたので、みんなこの本を使っています」
「⁉」
勇者は驚き、言葉を失った。
「アウレア様が教えてくれるんだよ!」
少女は再び誇らしげに勇者へ言った。
大きな広場の露店を後にして、二人は再び移動した。城から遠く離れても、城は山の高い場所に建っているため、ここからも見ることができた。周りを見渡すと、作物が広範囲に植えられていた。作物は立派に育ち、風に揺れていた。夕日が美しく空を赤く染めていた。
勇者は何か考え込むように黙っていた。魔法使いもそれを尊重するように、黙って歩いていた。
畑仕事をしていた農民が数人、前方から歩いてきた。魔法使いの白いローブに気が付くと、目を輝かせた。
「王宮の魔法使いですか?」
「はい。そうですよ」
魔法使いは微笑んだ。
やはり、と農民たちは喜色をはらんだ声で話し始めた。そして、魔法使いの隣にいる男が気になるのか、ちらちらと視線を向けた。
勇者は自分が注目されていることに気付き、視線を彼らから別の場所へ移した。
「なんで、そんなにボロボロなんですか?」
「ケガをしているの?」
「大丈夫かな…………」
彼らが口々に話し始めた。魔法使いが勇者についてどう話そうか迷っていると、一人の女性が勇者の前へ進み出た。
「少し、失礼するね」
そう言うと女性は勇者の身体に手をかざし、魔法をかけた。すると、もう一人の農民も勇者の前へ来た。
「じゃあ、俺は服をきれいにしよう!」
勇者に魔法をかけ、にこりと笑った。
「あっ、そうだ! 早く帰らないといけなかったんだ!」
勇者が唖然としたまま、されるがままになっていると、勇者の身体を治した女性が思い出したように突然声を上げた。
「それでは、失礼いたします!」
彼らは魔法使いと勇者に目礼をし、家へ向かって歩いていった。遠ざかる彼らに、勇者の代わりに魔法使いがお礼を言った。やがて彼らの姿が小さくなると、魔法使いは振り返り、何気なく勇者を見た。
「この、この魔法は…………なんで子どもがこの魔法を知っている? …………これはフローリスの魔法だ」
勇者の目は魔法使いへ向けられた。
「ご存じでしたか。…………というか、側にいたのですから、私たちよりあの方の魔法をよく知っているのでしょうね」
「…………え?」
「そうです。おっしゃる通り、これは聖なる治癒魔法使いのフローリス様の魔法です。フローリス様は魔王討伐の道中で、民の汚れを洗い流す浄化魔法と傷や病を癒やす治癒魔法を作りました。魔法をかけるだけでなく、人々にも魔法の使い方を教えてくださいました。今までもそのような魔法はありましたが、高度で魔力の消費も激しく、魔法使いのように膨大な魔力を持たない普通の人にとっては使いたくても使えないものでした」
魔法使いは少し眉をひそめたが、すぐにやわらかな表情になると続けた。
「しかし、フローリス様の新しい魔法は、魔力量が少なくても使用できるものばかりで、今では民にとって生活に欠かせないものになっています」
勇者は驚いた表情のまま、視線を魔法使いから農民たちが去っていった道へ移した。
「さて、そろそろ城に帰りましょうか」
場の空気を変えるように、魔法使いが優しい声で言った。太陽は地平線へ沈み、辺りはすっかり暗くなり始めていた。




