勇者の願い
「勇――者よ!」
寛大そうな満面の笑みを浮かべ、玉座に座った王は両手を広げて言った。
再び玉座の間では上座に王や王の側近らがずらりと並び、下座に勇者が立っていた。この前と違うのは側近だけでなく貴族や町民などの見物人もいることだ。玉座の間は開放され、多くの人であふれていた。
「我が筆頭宮廷魔法使いから聞いた。魔王を討伐した報酬を決めたのだな!」
「はい。私の願いは――」
「我が配下に入ることだな! 嬉しいぞ!!」
勇者の言葉を遮り、王は自慢げに声を上げた。王の言葉を聞き、周りの家臣らも王に同調するように満足げな声を各所から上げた。
王国の魔法使いだけが少し心配そうに勇者の表情をうかがっていた。すると、勇者が口を開いた。
「王よ!! 私に王宮内で王に次ぐ一番の地位と権力をお与えください」
騒がしかった玉座の間がしんと静まり返った。
「地位か…………それは…………」
王は汗を流し、少し呆れたように言った。
「少し、横暴ではないか?」
「貧乏人が王に願いを聞いてもらえるだけでも、ありがたいと思うべきだ」
王の側近らが口々に騒ぎ出した。
突然、勇者の姿がその場から消えた。
ゴッと鈍い音が玉座から聞こえた。反射的に視線を向けると、勇者が片足を玉座の肘掛けに乗せ、王を威圧するように見据えていた。
勇者は身をかがめ、王の目を覗き込むようにして言った。
「あんた、オレたちが出発する前にオレたちの願いを叶えてやると約束したはずだ。嘘をついたな。インヴェルノは出発前に、人の蘇生の願いは叶うのかと聞いたが、その時は叶えると言った。そう言ったことを覚えている」
王の側近らは勇者の動きにまったく反応できなかった。勇者が王の目の前にいることを認識しても、動くことができなかった。それほどの殺気だったからだ。
「オレの願いを叶えると言え。腰巾着の前で、国民の前で宣言しろ」
「わ、わかった。勇者の願いを叶える! お前に地位と権力を与える!!!」
わっと民衆の歓声が玉座の間に上がった。勇者は乗せていた片足を地面へ下ろした。勇者が足を置いていた玉座から、ぱらぱらと破片が落ちていく。勇者はそのまま王に背を向け、階段を下りた。
「これで煩い民が鎮まるでしょうね」
震える王を慰めるように、側近らが近付き、小声でささやいた。
民は魔王討伐という大きな偉業を成し遂げた勇者に、相応の報酬が与えられたことへ興奮したように歓声を上げている。しかし、玉座の間に当の本人の姿は、もうなかった。
「勇者殿、ここにいらっしゃったのですね」
「ヒットウ? 魔法使いって呼ばれているのは伊達じゃねーな。ガチめに気配を消してたんだが」
城の一番高い屋根の上に勇者は座り、王国を見下ろしていた。
「どうやってここに上ったのですか?」
風が吹く中、箒の上に立ったこの国一番の魔法使いが尋ねた。
「フローリスからは身体能力を向上させる魔法を、アウレアからはナイフを壁へ突き立てて足場にする方法を、インヴェルノからは城の内部について教えてもらっていた」
「よいご友人ですね」
苦笑しながら魔法使いは言った。
「あんたは? 魔法?」
「この通り、飛行魔法です」
そう言って箒へ目を向けた。
「ふーん。便利そうだな。そういえばフローリスも同じ魔法を使っていた。あの人は箒を使ってなかったけど」
「空翔魔法……あれは伝説ではなく、本当に使っていたのですね…………」
魔法使いは動揺を隠すように手を顔へ当てた。
勇者は、どうしてここへ来たのかと問うように魔法使いの顔を見上げていた。魔法使いは少し逡巡してから口を開いた。
「勇者殿。ほんの少し前に会った私が言うのもなんですが、あの、あなたの願いは何というか…………意外でした」
「元々、大金が欲しかったから旅に出るような人間だぜ?」
「…………しかし」
「仲間たちは死んだ。たぶん、何十年かすればオレたちが魔王を討伐したことも忘れ去られる。『ああ、そういえばなんかいたっけ』みたいな感じで」
魔法使いは異議を唱えようと口を開きかけたが、その前に勇者が口を開いた。
「でも、いい。あいつらの意思は何百年後も繋げられるはずだ。あいつらの願いは生き続けてくれる」
はっとしたように、魔法使いは風で髪をなびかせる勇者の顔を見た。勇者は仲間たちのいなくなった国を、悲しそうに、それでも嬉しそうに眺めていた。
「でも、ちょいちょい噂でも聞いていたし、実際に会ってみて思ったが、王たちは頼りない。…………だから、オレはあいつらの願いがしっかりと叶うよう、この王宮を見張る」
「…………見張る…………?」
「多くの人が幸せになれるように行動しているか、あいつらの願いがもっとちゃんと叶うようにオレも…………そのためには、上から変えないといけない。だったらオレに地位と権力があればいいじゃないかと思った。だからオレの願いは地位と権力」
勇者はすっきりとした表情で笑った。
「…………そうだったのですね。勇者殿の願いは彼らと生きることだったのですね」
「…………オレはあいつらと、あいつらの意思と一緒に生きる」
勇者はふいに、屋根の急斜面などないかのように危なげなく立ち上がった。
「てかさ、その『勇者殿』ってやめないか? なんか気付いたらオレたちはそう呼ばれていたけど、王国を出発する時はそんな呼び名なんて、何にもなかったんだぜ」
勇者は魔法使いの方を向き、手を差し伸べた。
「オレの名前はソクス。ただのソクスだ。あんたの名は?」
「わ、私の名前はノヴァ。ノヴァ・エーデルと申します! …………ソクス殿!」
ノヴァもソクスへ手を伸ばし、握手を交わした。
「ノヴァ。これからよろしく」
ソクスは王都を背に、にかりと少年のように笑った。彼の新しい門出を祝うかのように、追い風が吹いた。




