6.黒い羽根
応接室の長机には、色とりどりの布見本が並べられていた。
ジークフリートは一枚の資料へ目を落とす。
「前年の同じ時期と比べ、売上は三割五分増です。」
向かいに座る男が穏やかに微笑む。
「魅了の魔法を施した既製服は、予想以上の反響をいただいております。」
書記が資料をめくる。
「ただし、効果は永続ではありません。」
「ええ。」
男は頷いた。
「現在の技術では、およそ三か月。一季節が限界です。」
春物は夏まで。夏物は秋まで。
魔法が薄れれば、ただの既製服へ戻る。
だから客は新しい服を買い求める。
流行も、魔法も、同じ周期で移り変わる。
「なるほど。」
ジークフリートは腕を組んだ。
「つまり、品質ではなく第一印象を補助する魔法、という理解でよろしいですか。」
「その通りです。」
男は嬉しそうに笑う。
「着用者そのものを変える魔法ではありません。見る者に『魅力的だ』という印象を抱かせやすくするだけです。」
「錯覚を後押しする程度……。」
「ええ。恋をさせる魔法ではありません。ですが、店頭で商品を手に取っていただける機会は大きく増えました。」
書記が売上推移の資料を差し出す。
数字は右肩上がりだった。
「次のご提案ですが。」
男は新しい図面を机へ広げた。
それは女性用ドレスではなかった。
男性用の上着――フロックコートだった。
「外商を務める方々向けです。」
「外商?」
「商談の第一印象を向上させる魅了魔法を組み込んだ試作品になります。」
ジークフリートは興味深そうに資料を手に取る。
「御商会の外商の方々に実際にお召しいただき、その効果を共に確かめたく存じます。」
「面白い。」
思わず笑みがこぼれた。
「効果が確かなら、紳士服の販路も広がりますね。」
「ありがとうございます。」
男は静かに立ち上がる。
「それでは、正式な契約書を後日お持ちいたします。」
二人は固く握手を交わした。
応接室を出た男を、ジークフリートと書記が玄関まで見送る。
「本日はありがとうございました。ロットバルト殿。」
「こちらこそ。ジークフリート様。」
男は帽子を被り直し、馬車へ乗り込む。
御者が手綱を鳴らした。
馬車の扉には、一羽の黒い鳥を象った紋章が刻まれている。
男は窓越しに商会を見上げ、小さく笑った。
「順調だ。」
その瞳だけは、まるで獲物を見つけた猛禽のように冷たかった。
男の名は――ロットバルト。
魔法衣装商会『シュヴァルツ・フェーダー』の当主であった。
"外商"は、外回りの営業職のことです。




