23.万年筆
披露宴から二日後。
ジークフリートは書記を執務室へ呼んだ。
「一つ頼みがある。」
書記は頭を下げる。
「ロットバルトと、オディールの素性を調べてほしい。」
「素性⋯⋯。どういう意味でしょうか。」
「誰にも知られないよう、内密に調べてほしい。」
「⋯⋯承知致しました。信頼できる調査人に当たらせましょうか。」
「それがいい。」
「承知致しました。」
−−−−−−−−−−−−−−
数日後。
ロットバルトは屋敷の奥の執務室にいた。
「旦那様。ジークフリート様のお父上ですが。」
執事が報告する。
「予定どおりです。」
ロットバルトは薄く笑う。
「ようやく決断されたか。」
時間をかけて少しずつ魔法を重ねた。
疑われない程度に、少しずつ、少しずつ。
今では、あの男の意思は自分の望む方向へ導かれている。
「事業はすべて私へ譲られる。本人の意思として。」
ロットバルトは満足そうに頷いた。
「これで終わりだ。」
−−−−−−−−−−−−−
夕暮れ。
オディールが呼び出される。
「父様。」
ロットバルトは書斎の引き出しから革袋を取り出した。
ずっしりとした重量感。
「ご苦労だった。」
袋を机へ置くと、革袋ごしに金貨が鈍い音を立てた。
「これだけあれば、一生困ることはない。」
オディールは袋を見つめた。
「……どういう意味ですか。」
「お前の役目は終わった。ジークフリートとの結婚は成功した。もう十分だ。」
静かな声だった。
オディールは首を横へ振る。
「私はまだお役に立てます。社交界でもうまく振る舞えます。奥様方とも繋がれます。」
ロットバルトは表情を変えない。
「必要ない。」
「ですが……。」
「終わりだ。」
沈黙。
オディールの視線が、部屋の隅へ動く。
扉の両脇には護衛が二人。微動だにせず立っていた。
(ああ⋯⋯。)
胸の奥が冷えた。
(そういうこと。)
ロットバルトの隣で何度も見てきた。
仕事が終わり、口封じされた者。
"事故死" "病死" "失踪"
(次は……私。)
ロットバルトは椅子へ深く腰掛ける。
「安心しろ。命までは奪わない。お前は自由だ。」
その言葉ですべてを悟る。
(やっぱり。)
書斎机へ目を這わせる。
そこには万年筆が一本。
ロットバルトは何も警戒していない。
「"父様"。」
オディールは静かに微笑んだ。
「今までありがとうございました。」
ロットバルトも微笑み返す。
「いい娘だった。」
その瞬間、オディールは万年筆を握り締める。
全身の力を込め、机へ身を乗り出し、腕を振りかぶる。
「――っ!!」
反射的にロットバルトが仰け反る。
飛び掛かったオディールと椅子の背もたれに折り重なるように、床に倒れ込んだ。
鋭いペン先が、ロットバルトの首筋へ深く突き刺さる。
真っ赤な血飛沫が、オディールの視界を染めた。




