20.納品
挙式まで、あと五日。
冬の朝は冷え込みが厳しく、吐く息が白く空へ溶けていく。
仕立て屋チャイコフスキーでは、夜明け前から灯りがともっていた。
作業場の中央には、一つの大きな衣装箱が置かれている。
胡桃の木で作られた特注品だった。
側面には、一羽の白鳥が優雅に翼を広げ、その足元に一本の縫い針が斜めに配された紋章が、繊細な浮き彫りで彫刻されている。
それは、仕立て屋チャイコフスキーに代々受け継がれてきた店の紋章だった。
箱を開けると、内側一面には繊細なレースや絹地が擦れて傷まぬよう、目の細かな亜麻布が丁寧に張られていた。
アンナは両手で純白の花嫁衣装を抱き上げ、息を止めるようにして箱へ納める。
女将が裾の広がりを整え、レースをふんわりと重ねていく。
アンナは布袋を衣装の脇へそっと添える。
中には、乾燥させたラベンダーの花が詰められている。
淡く優しい香りが静かに広がった。
親方は無言のまま頷いた。
蓋が静かに閉じられる。
金具が小さく音を立てた。
店の前には、近所の農家から借り受けた荷馬車が待っている。
親方と四人の見習い達で力を合わせて慎重に衣装箱を持ち上げ、荷台へ載せた。
荷台には、あらかじめ厚く布が敷き詰められている。
さらに箱の四方にも布を押し込み、わずかな隙間も残さない。
石畳の道で荷台が揺れても、箱が動かないよう固定するためである。
親方は何度も手で揺すり、箱が動かないことを確かめた。
「よし。」
短く頷く。
今日は親方も、仕事着ではなかった。
濃紺の正装に身を包み、胸元には店の銀色のピンバッジを付けている。
「行くぞ。」
「はい。」
アンナと女将も正装姿で荷馬車へ静かに腰を下ろした。
荷馬車の車輪が、凍り始めた石畳を静かに軋ませる。
店の名を背負う、大切な納品の日だった。
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ロットバルト邸へ到着すると、使用人たちが丁重に迎え入れる。
応接室へ運び込まれた衣装箱を前に、親方は自ら金具を外した。
蓋がゆっくり開く。
純白のドレスが姿を現した。
オディールは思わず息を呑む。
「……なんて綺麗なの。」
女将が優しく微笑む。
「まずは、ご試着いただきましょう。」
使用人たちが着替えの間へ案内する。
アンナと女将が手際よく着付けを進めていく。
背中の編み上げを締める。裾を整える。袖口を合わせる。
アンナは一歩下がり、全身を見渡した。
「腕を上げていただけますか。」
オディールが静かに従う。
「歩いてみてください。」
数歩。ゆっくりと歩く。
「苦しいところはありませんか?」
「いいえ。」
オディールは微笑む。
「驚くほど軽いのですね。」
女将も満足そうに頷いた。
「サイズもぴったりですね。」
アンナは裾の揺れ方まで確認し、最後に一歩退き、静かに一礼した。
「これで大丈夫です。」
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その様子を見届けていた親方が、一歩前へ出る。
「ロットバルト様、ご説明申し上げます。」
ロットバルトは頷く。
「まずは、生地から。冬場でも重くなり過ぎないよう、表地と裏地の間に薄い空気層を作る仕立てにしております。」
親方は静かな口調で続ける。
「歩いた際に裾が自然に広がるよう、見えぬところで布の重なりを工夫しております。」
ロットバルトは興味深そうに耳を傾ける。
「胸元と腰回りは、お身体に合わせて一から型紙を起こしました。」
親方は最後にドレスへ目を向けた。
「挙式当日まで湿気を避け、この箱で保管していただければ、最高の状態でお召しいただけます。」
ロットバルトは満足そうに微笑んだ。
「見事なお仕事です。」
親方は深く一礼する。
「ありがとうございます。」
職人としての誇りが、その短い言葉に込められていた。




