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20/27

20.納品

挙式まで、あと五日。


冬の朝は冷え込みが厳しく、吐く息が白く空へ溶けていく。


仕立て屋チャイコフスキーでは、夜明け前から灯りがともっていた。


作業場の中央には、一つの大きな衣装箱が置かれている。


胡桃の木で作られた特注品だった。


側面には、一羽の白鳥が優雅に翼を広げ、その足元に一本の縫い針が斜めに配された紋章が、繊細な浮き彫りで彫刻されている。


それは、仕立て屋チャイコフスキーに代々受け継がれてきた店の紋章だった。


箱を開けると、内側一面には繊細なレースや絹地が擦れて傷まぬよう、目の細かな亜麻布が丁寧に張られていた。


アンナは両手で純白の花嫁衣装を抱き上げ、息を止めるようにして箱へ納める。


女将が裾の広がりを整え、レースをふんわりと重ねていく。


アンナは布袋を衣装の脇へそっと添える。


中には、乾燥させたラベンダーの花が詰められている。


淡く優しい香りが静かに広がった。


親方は無言のまま頷いた。


蓋が静かに閉じられる。


金具が小さく音を立てた。


店の前には、近所の農家から借り受けた荷馬車が待っている。


親方と四人の見習い達で力を合わせて慎重に衣装箱を持ち上げ、荷台へ載せた。


荷台には、あらかじめ厚く布が敷き詰められている。


さらに箱の四方にも布を押し込み、わずかな隙間も残さない。


石畳の道で荷台が揺れても、箱が動かないよう固定するためである。


親方は何度も手で揺すり、箱が動かないことを確かめた。


「よし。」


短く頷く。


今日は親方も、仕事着ではなかった。


濃紺の正装に身を包み、胸元には店の銀色のピンバッジを付けている。


「行くぞ。」


「はい。」


アンナと女将も正装姿で荷馬車へ静かに腰を下ろした。


荷馬車の車輪が、凍り始めた石畳を静かに軋ませる。


店の名を背負う、大切な納品の日だった。


−−−−−−−−−−


ロットバルト邸へ到着すると、使用人たちが丁重に迎え入れる。


応接室へ運び込まれた衣装箱を前に、親方は自ら金具を外した。


蓋がゆっくり開く。


純白のドレスが姿を現した。


オディールは思わず息を呑む。


「……なんて綺麗なの。」


女将が優しく微笑む。


「まずは、ご試着いただきましょう。」


使用人たちが着替えの間へ案内する。


アンナと女将が手際よく着付けを進めていく。


背中の編み上げを締める。裾を整える。袖口を合わせる。


アンナは一歩下がり、全身を見渡した。


「腕を上げていただけますか。」


オディールが静かに従う。


「歩いてみてください。」


数歩。ゆっくりと歩く。


「苦しいところはありませんか?」


「いいえ。」


オディールは微笑む。


「驚くほど軽いのですね。」


女将も満足そうに頷いた。


「サイズもぴったりですね。」


アンナは裾の揺れ方まで確認し、最後に一歩退き、静かに一礼した。


「これで大丈夫です。」


−−−−−−−−−−


その様子を見届けていた親方が、一歩前へ出る。


「ロットバルト様、ご説明申し上げます。」


ロットバルトは頷く。


「まずは、生地から。冬場でも重くなり過ぎないよう、表地と裏地の間に薄い空気層を作る仕立てにしております。」


親方は静かな口調で続ける。


「歩いた際に裾が自然に広がるよう、見えぬところで布の重なりを工夫しております。」


ロットバルトは興味深そうに耳を傾ける。


「胸元と腰回りは、お身体に合わせて一から型紙を起こしました。」


親方は最後にドレスへ目を向けた。


「挙式当日まで湿気を避け、この箱で保管していただければ、最高の状態でお召しいただけます。」


ロットバルトは満足そうに微笑んだ。


「見事なお仕事です。」


親方は深く一礼する。


「ありがとうございます。」


職人としての誇りが、その短い言葉に込められていた。

挿絵(By みてみん)

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