2.ラベンダー
重厚な扉がゆっくりと開いた。
室内から現れた青年は、オデットと目が合った瞬間、わずかに息を呑んだ。
青年の年の頃は二十代後半だろうか。
上質な仕立ての室内着を纏っているが、肩からは力が抜けず、どこか落ち着かない様子が見て取れる。
「こんばんは。オデットと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
裾をつまみ、優雅に一礼する。
青年は数拍遅れて我に返った。
「あ……こちらこそ。」
少し照れたように頭をかき、苦笑する。
「実は、その……驚いてしまって。」
「驚いた、ですか?」
「支配人が見せてくれた紹介帳で君を知ってね。直感でお願いしたんだ。でも……。」
言葉を探すように視線を泳がせ、それでも真っ直ぐ彼女を見る。
「想像していたより、ずっと綺麗な人だった。」
飾り気のない言葉だった。
口説こうという響きも、気障な調子もない。
本当に思ったことをそのまま口にしただけ――そんな声音だった。
オデットは微笑みを崩さない。
「ありがとうございます。そのように仰っていただけると嬉しいです。」
室内へ招かれる。
無垢材の家具特有の、ほのかな木の香りが漂っている。
「こちらのお部屋を使っていただいて構いません。」
「ありがとうございます。」
オデットはゆっくりと室内を見回した。
この貸別荘は何度も訪れている。
リネン庫も、浴室も、石鹸の置き場所も知っている。
けれど、それを悟られてはいけない。
「失礼いたします。」
戸棚を一つ開ける。
違う。
隣を開ける。
「あ……こちらでした。」
ようやく見つけたように小さく笑う。
ジークフリートはその様子を見て、
「初めての場所だと迷うよね。」
と穏やかに笑った。
オデットも笑みを返す。
「ええ。素敵なお屋敷ですので、少し緊張してしまいます。」
革鞄から確認書と万年筆を取り出し、ジークフリートへ差し出す。
確認書には、体の疾患の有無や希望施術などの記入欄があった。
「恐れ入りますが、ご体調などをこちらへご記入いただけますか?」
ジークフリートがソファで記入する間に、オデットはシーツを整え、暖炉脇に香油を温めるための小さなランプを置いた。
「本日はラベンダーとジャスミンの香油をご用意しております。お好みはございますか?」
「君のおすすめで。」
「かしこまりました。」
オデットはラベンダーの香油を数滴、温められた器へ落とす。
やがて甘く清らかな香りが、部屋いっぱいにゆっくりと広がっていった。
書き終えた確認書を受け取ると、代わりに濃紺の絹のガウンを手渡す。
「それでは、お着替えの間、私は隣室で準備を整えてまいります。ご支度がお済みになりましたら、お呼びください。」
ラベンダーの花言葉は「繊細」「優美」「あなたを待っています」などだそうです。




