14.疑念
ジークフリートの商会では、重苦しい空気が流れていた。
応接室の長机に並ぶ売上報告書。
書記が一枚ずつ資料をめくる。
「……外商部の成約数が、先月より一割落ち込んでおります。」
ジークフリートは腕を組んだ。
「営業用礼装を採用した直後は、確かに成果があった。」
「はい。」
「ですが効果が薄れ始めています。」
向かいに座る外商責任者が苦い顔で頷く。
「競合各社も似たような魔法衣装を扱い始めております。」
「第一印象だけでは差別化できなくなった、ということか。」
部屋が静まり返る。
やがて一人の役員が口を開いた。
「ロットバルト殿から、新式をご提案いただいております。」
書記が新しい資料を差し出した。
『新式 高出力魅了魔法式営業礼装』
「魔法の効果をさらに高めた最新の礼装です。」
「価格は?」
「従来品のおよそ二倍になります。」
役員たちは顔を見合わせる。
高い。
だが成約数が落ち続ければ、損失はそれ以上になる。
沈黙の末、ジークフリートは静かに言った。
「採用しよう。」
書記が確認する。
「よろしいのですね。」
「ああ。」
一度成果を知ってしまった以上、後戻りはできない。
他商会に先んじなければならない。
「契約を進めてくれ。」
「承知いたしました。」
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数日後。
仕事を終えたジークフリートは、ロットバルト家の庭園を歩いていた。
黄葉が舞い散り、噴水の水音が穏やかに響く。
東屋では、オディールが紅茶を用意して待っていた。
「お待ちしておりました。」
柔らかく微笑む。
チャコールグレーのドレスが木漏れ日に照らされるたび、雨上がりの湖面のように静かに輝き返していた。
二人は向かい合って腰掛ける。
「最近、街で面白い噂を聞いたよ。」
ジークフリートが笑う。
「踊る仕立て屋、でしょう?」
オディールも楽しそうに頷く。
「店の前で白鳥の踊りを披露しているらしいね。」
「『瀕死の白鳥』、だそうです。」
「書記まで見に行きたいと言っていた。」
思わず二人で笑う。
「今度、一緒に行ってみないか。」
「ぜひ。」
「君なら、きっと気に入ると思う。」
「はい。」
ほんの束の間。
経営も商売も忘れられる時間だった。
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その夜。
ロットバルト邸。
客間では、一人の女が椅子へ座っていた。
痩せた頬。乱れた髪。
実年齢よりもずっと老けて見える。
「これっぽっちかい?」
不満そうに革袋を持ち上げる。
ロットバルトは机にもたれたまま冷たく答えた。
「十分だろう。」
「娘は金持ちと結婚するんでしょ?」
女は卑しく笑う。
「だったら、もっと出せるじゃない。」
「欲を出すな。」
ロットバルトは金貨を数枚追加した。
「これで最後だ。」
女は満足そうに袋を抱え、そのまま屋敷を後にした。
その様子を、廊下の陰から、オディールが見つめていた。
(……お母さん。)
間違えるはずがない。
どれほど年月が経っても。
あの背中は忘れられなかった。
なぜ。
なぜ母が、この屋敷へ来る。
しかもロットバルトと知り合いのように話している。
母が見えなくなるまで立ち尽くし、オディールは小さく呟く。
「どういうこと……。」
胸の奥に、小さな疑念が芽を出した。
翌日。
教会へ向かう人影があった。
ロットバルトの養女として教会へ届け出るため——。
そう自分に言い聞かせながら。
オディールは心のどこかで、別の答えを探し始めていた。
(もしかして……。あの人は、本当の私の父親なの……?)
その疑問は、まだ誰にも知られていなかった。




