12.庭園
数日後。
ロットバルトは再びジークフリートの執務室を訪れていた。
魅了の魔法を施した紳士用フロックコートの試作品は、商談を任されている者たちから概ね好評との報せを受けている。
「成約の数も伸びております。」
資料へ目を通したジークフリートは満足そうに頷いた。
「興味深い結果です。ぜひ販売へ移しましょう。」
「ありがとうございます。」
ロットバルトは穏やかに笑みを浮かべる。
商談は滞りなく終わった。
女性書記が書類を鞄へしまい始める。
「……ところで。」
ロットバルトが、何気ない調子で口を開く。
「話は変わりますが。」
「はい?」
「実は娘のことで、一つお願いがございまして。」
ジークフリートは姿勢を正した。
「娘さん?」
「ええ、オディールです。」
その名前に、胸がわずかに高鳴る。
ロットバルトは困ったように苦笑した。
「あの子は最近、家へ帰るたび貴方様のお話ばかりするのです。」
「私の?」
「夜会でご一緒したこと、街で偶然助けていただいたこと……。」
肩をすくめ、小さくため息をつく。
「どうやら、ずいぶん良い印象を抱いてしまったようでして。」
ジークフリートは思わず苦笑した。
「それは光栄です。」
ロットバルトは少しだけ視線を落とした。
「妻は、あの子が幼い頃に亡くなりました。」
静かな声だった。
「父親一人では、娘にしてやれることにも限りがあります。」
その横顔には、どこか寂しげな影が差している。
「せめて、一度くらい散歩にでも付き合っていただけないでしょうか。」
「……。」
「親のわがままと笑っていただいて構いません。」
ロットバルトは自嘲気味に笑う。
「娘の嬉しそうな顔を、一度くらい見てみたいのです。」
ジークフリートは言葉を失った。
幼い頃に母を亡くした。
父親が一人で育てた。
その話が、胸のどこかに静かに響く。
「もちろん、ご迷惑であれば忘れてください。」
「……いえ。」
ジークフリートは穏やかに微笑んだ。
「その程度のことでしたら、お引き受けします。」
ロットバルトは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。」
その口元には、誰にも気づかれぬほど小さな笑みが浮かんでいた。
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翌日。
ロットバルト邸の庭園。
木々は赤や黄金色に染まり、風が吹くたびに落ち葉が石畳を舞っていた。
花壇には季節の名残を惜しむように数輪の薔薇が咲き、小さな噴水が水音を響かせている。
一枚の黒い葉が風に乗って水面へ落ちた。
「お待たせいたしました。」
オディールが歩いてきた。
淡いチャコールグレーのカジュアルドレス。
陽の光を受けた布地は、銀にも黒にも見える不思議な輝きをまとい、湖面を滑る黒鳥のような妖しい気品を漂わせていた。
「今日はありがとうございます。」
優雅に一礼する。
その仕草は、あまりにも自然だった。
二人は並んで庭園を歩き始める。
他愛ない話を交わしながら、花壇の間をゆっくり進む。
「夜の……いや。」
ジークフリートは少し照れくさそうに笑った。
「昼の君も素敵だよ。」
一瞬だけ、オディールの目が丸くなる。
だが次の瞬間には、いたずらっぽく微笑んだ。
「ふふっ。」
口元へ指先を添える。
「何のお話でしょう?」
そう言って首を小さく傾げる。
その笑顔を見て、ジークフリートも笑った。
「秘密、ということかな。」
オディールは答えない。
ただ、風に揺れる花を眺めるように微笑み続ける。
ロットバルトから教えられた通りに。
一つ一つの仕草を、寸分違わず演じながら。




