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11.鳥籠

オディールは、自分の本当の父親を知らない。


物心ついた頃には、母は何度も男を替えていた。


新しい家へ移っては、また別の家へ移る。


義父と呼ぶ相手が変わるたびに、家の匂いも、食卓も、名字も変わった。


優しい男もいた。


酒を飲めば人が変わる男もいた。


ある男は、気に入らないことがあるたびに拳を振るった。


母は止めなかった。むしろ、


「あなたがいい子にしていないから。」


そう言って目を逸らした。


ある朝、母は仕事へ行くと言って家を出た。


その日から二度と帰ってこなかった。


−−−−−−−−−−−−−−


教会の孤児院へ引き取られた。


雨風はしのげる。


温かな食事もある。


けれど、そこは居場所ではなかった。


誰もが傷を抱え、誰もが他人を信用していない。


仲良くなった子が、翌日にはいなくなることも珍しくない。


ある日、ふと全てがどうでも良くなり、オディールも孤児院を出た。


行く当てもなかった。


頼れる人もいなかった。


だから、生きるため、男たちの相手をするようになった。


安宿を転々とし、その日暮らしを続ける。


誰の名前も覚えない。


誰にも名前を覚えられない。


それでよかった。


−−−−−−−−−−−−−−


ある夜、一人の客が言った。


「君、人当たりがいいね。」


オディールは肩をすくめる。


「仕事だから。」


「だったら、知り合いの店で働いてみないか。」


紹介されたのは、『施療院シュヴァン』だった。


客筋が良く、給金も悪くない。


技術は、講習で身につけた。


新規顧客の采配を預かる受付係から、ときおり趣味講習を求められることだけは憂鬱だったが、その他に不満はなかった。


だが、情熱もなかった。


今日を生きられれば、それで十分。


そんな毎日だった。


−−−−−−−−−−−−−−


ある日の営業後。


支配人から声を掛けられる。


「オディールさん、店の主人(オーナー)がお呼びです。」


「支配人ではなく?」


「ええ。主人(オーナー)です。」


案内されたのは、街外れに建つ大きな屋敷だった。


重厚な扉が開く。


暖炉の前に、一人の男が座っていた。


「初めまして。」


男は穏やかに笑う。


「私はロットバルト。」


オディールは軽く頭を下げた。


「今日は、お前に一つ仕事を頼みたい。」


机の上へ、一枚の契約書が置かれる。


そして、その隣には分厚い革袋。


中には、見たこともないほど多くの金貨が入っていた。


「成功すれば、これは前金に過ぎん。」


オディールは革袋を見つめる。


「……何をすればいいの?」


「ある豪商の家へ嫁ぐ。」


あまりにも唐突な話だった。


「心配はいらない。」


ロットバルトは優しく微笑む。


「礼儀作法も、言葉遣いも、歩き方も、すべて私が教える。」


そして、一拍置いて言った。


「今日から、お前は私の娘だ。」


その言葉に、オディールは息を止めた。


「……娘?」


「ああ。」


ロットバルトは静かに頷く。


「もう、お前は一人ではない。私の家で暮らせ。何も心配はいらん。」


その一言が、胸の奥へ静かに落ちていく。


初対面の男。


いきなり信用できるわけがない。


だが、オディールの心は無自覚に揺れた。


ロットバルトは引き出しを開け、小さな黒い羽根飾りを取り出した。


「これを受け取りなさい。」


オディールは両手でそれを受け取る。


黒い羽根は、暖炉の炎を受けて静かに輝いていた。


どうせ失うものなど何もない。


ならば、この話に乗ってみるのも悪くない。


そう思った。

挿絵(By みてみん)

趣味講習とは、お店ルール外で、講習を名目として無償でスタッフに施術することです。それと引き換えに新規顧客を優先的に自分に回して貰います。

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