表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/15

10."偶然"

数日後。


昼下がりの大通りは、多くの馬車と買い物客で賑わっていた。


商談を終えた帰り道。


ジークフリートは書記を伴い、石畳を歩いていた。


「あっ……!」


一人の若い女性が角を曲がってきて、ジークフリートの肩へ軽くぶつかる。


手にしていた包みが地面へ落ち、中から白い布がこぼれた。


「申し訳ございません!」


女性は慌てて膝をつく。


長い黒髪。透き通るような白い肌。


荷物を拾い顔を上げる、その瞬間、二人の視線が重なった。


ジークフリートは息を呑む。


――オデット。いや、どこか違う?


女性もまた、ジークフリートの顔を見て、ほんの一瞬だけ目を大きく見開いた。


まるで、思いがけない相手に出会ってしまったかのように。


しかし次の瞬間には、はっと我に返ったように視線を伏せる。


「……失礼いたしました。」


取り繕うように静かに頭を下げる。


その仕草も、声の調子も、どこか覚えのあるものだった。


ジークフリートは落ちた包みを拾い上げる。


「こちらこそ、前を見ていませんでした。」


「ありがとうございます。」


女性は微笑み、優雅に一礼する。


「それでは、失礼いたします。」


そのまま人混みへ消えていく後ろ姿を、ジークフリートはしばらく見送っていた。


−−−−−−−−−−−−−−


その夜。


豪商や貴族が集う夜会が開かれていた。


会場へ入ったジークフリートは、一人の男へ声を掛けられる。


「これはジークフリート様。」


ロットバルトだった。


「本日はお招きいただきありがとうございます。」


「ぜひ紹介したい者がおりまして。」


ロットバルトが視線を向けると、一人の令嬢がゆっくり歩み寄ってくる。


昼間に街で出会った女性だった。


「娘のオディールです。」


女性は裾をつまみ、美しく一礼する。


「初めまして。オディールと申します。」


その所作。柔らかな笑み。穏やかな声。


すべてが、オデットによく似ていた。


ジークフリートの胸が高鳴る。


――そうか。


――あの店では、本名を名乗れない。


本当は……オディール。


胸の中で、点と点が結びついていく。


−−−−−−−−−−−−−−


翌週。


ジークフリートはいつものようにシュヴァンへ予約を申し込んだ。


だが、返ってきた答えは予想外だった。


「申し訳ございません。」


受付係が頭を下げる。


「オデットはしばらくお休みをいただいております。」


「いつ頃戻るんだろう。」


「現時点では未定でございます。」


「そうか……。」


「他の施術師をご案内することもできますが。」


ジークフリートは静かに首を横へ振った。


「いや、今日はやめておこう。」


貸別荘へ向かうことなく、馬車は街へ引き返していった。


−−−−−−−−−−−−−−


それから、少し後。


アンナは事務所で予約帳を眺めていた。


見慣れた名前が、今週も書かれていない。


男性の受付係が同情するように言う。


「最近はご指名がありませんね。」


「そうですね。」


アンナは静かに微笑んだ。


「きっと、ご贔屓の方が見つかったのでしょう。」


そういうものだ。


お客様には、お客様の生活がある。


自分は、そのひとときに寄り添うだけ。


それ以上を望んではいけない。


そう言い聞かせるように予約帳を閉じる。


けれど胸の奥には、小さな寂しさが静かに残る。


「ところで……。」


受付係は値踏みするようにアンナの姿を眺めた。


「また講習を受けてみてはいかがです? 店としても、あなたをお勧めしやすくなりますし、ご縁にも恵まれやすくなりますよ。」


「……結構です。」


受付係は小さく舌打ちをした。


アンナは静かに一礼すると、事務所を後にした。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ