第七話 神の髪
受け取った黒いクロスを、何度も手の中で確かめる。
首元を紐で結ぶ、昔ながらの形。
どう見ても、この世界の技術で作られた物には思えなかった。
「本当に……誰の物なんだ。」
小さく呟いた、そのときだった。
ドドドドドッ――。
地面が震える。
馬の蹄が村中へ響き渡った。
村人たちの表情が一変する。
誰もが慌てて道を開き、その場へひざまずいていく。
何事だ。
俺が顔を上げると、村の入口から十騎ほどの騎馬隊が姿を現した。
磨き上げられた銀の鎧。
腰には長剣。
背中には王国の紋章を刻んだ深紅のマント。
その先頭には、金色の長い髪をなびかせた男がいた。
鋭い目つき。
堂々とした体格。
一目で分かる。
この部隊を率いる人物だ。
男は村人たちを見回し、切り揃えられた髪を見た瞬間、顔色を変えた。
「……何だ、その姿は。」
静まり返る村。
男は馬を降り、一人の老人の前へ立つ。
昨日、俺が髪を切った老人だった。
「誰が、その髪を切った。」
低い声が響く。
誰も答えない。
老人は一歩前へ出る。
そして、静かに俺を指差した。
すべての視線が俺へ集まる。
金髪の男はゆっくり近づき、腰の剣へ手を掛けた。
「貴様か。」
俺は一歩も動けなかった。
男は俺のシザーケースを見ると、鼻で笑う。
「そのような刃物で、神の御髪に触れたのか。」
神の御髪……?
男は村人全員を見回し、高らかに告げる。
「この王国では、髪は神より授かった神聖なる証。」
「許可なく切ることは、神への冒涜に等しい。」
村人たちがざわめく。
俺は初めて知った。
この世界には、髪を切るという文化がないのではない。
切ること自体が禁じられているのだ。
「この者と、髪を切った者すべてを拘束しろ。」
騎士たちが一斉に剣へ手を掛ける。
村人たちの顔から血の気が引く。
俺は思わず一歩前へ出た。
言わなければ。
髪を切ったことで、皆が笑顔になったことを。
首や肩が軽くなったことを。
生活が楽になったことを。
伝えなければ。
そう思った。
だが――。
目の前でゆっくりと抜かれる、本物の剣。
陽の光を反射する白刃。
その圧倒的な存在感に、喉が締め付けられる。
足が動かない。
声が出ない。
俺は理容師だ。
剣を向けられる人生なんて、一度も歩んできていない。
ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
その瞬間だった。
「待て。」
よく通る、落ち着いた声が村中へ響いた。
騎士たちの動きが止まる。
道の奥から、一頭の白馬がゆっくりと歩いてくる。
陽の光を受けて輝く白銀の長髪。
豪奢な白銀の甲冑。
背には誰よりも大きな剣。
その姿を見た瞬間、金髪の男を含め、すべての騎士が片膝をついた。
「団長……!」
白銀の騎士は俺ではなく、髪を切られた村人たちを静かに見渡す。
その目には怒りではなく、疑問が浮かんでいた。
「……まずは、話を聞こう。」




