↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣より鋏 〜異世界で人を整える理容師の物語〜  作者: 刈り〼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/11

第五話 魔法使いの老婆

気づけば、日は真上まで昇っていた。


最後の一人の髪を整え終え、俺はゆっくりと腰を伸ばす。


「ふぅ……。」


久しぶりに長時間ハサミを握った。


クロスもない。


鏡もない。


椅子もない。


それでも、不思議と疲れは心地よかった。


仕事に夢中になると、時間はあっという間に過ぎる。


銀座で毎日のように感じていた感覚だ。


懐かしい。


この感覚を、もう一度味わえるとは思わなかった。


村人たちは何度も頭を下げ、それぞれ笑顔で帰っていく。


誰もが軽くなった頭を何度も触り、水桶を鏡代わりに自分の姿を眺めていた。


その様子を少し離れた場所から見つめる、一人の老婆がいた。


腰まで届く真っ白な髪。


深い紫色のローブ。


一本の杖を手にしている。


村人たちは道を開け、自然と頭を下げた。


この村では、それなりに立場のある人物らしい。


老婆はゆっくりと俺の前まで歩いてくる。


「ほう……。」


初めて聞く、落ち着いた声だった。


意味は分からない。


しかし、その目は俺ではなく、足元に落ちた髪を見つめていた。


一本一本を拾い上げ、興味深そうに眺める。


そして俺を見る。


今度は、自分の髪を指差した。


「……切れ、と?」


老婆は静かに頷く。


俺も頷き返し、切り株を勧めた。


白く長い髪は丁寧に手入れされていたが、前髪は目元を覆い、毛先も傷んでいた。


一本ずつ、ゆっくりと整えていく。


ハサミの音だけが辺りに響く。


――カチッ。


――カチッ。


村人たちは誰一人として話さない。


静かに、その様子を見守っていた。


やがてカットを終え、水桶を老婆の前へ置く。


水面に映った自分の姿を見た老婆は、しばらく動かなかった。


やがて小さく笑う。







「……見事じゃ。」


その言葉は、不思議なことにはっきりと理解できた。


驚いて顔を上げる。


「今……。」


老婆は杖を軽く地面へ突いた。


淡い光が俺の身体を包む。


「長く異世界の言葉を理解できぬままでは、不便じゃろう。」


俺は思わず口を開く。





「あなたの言葉が……分かる。」



「もちろん、おぬしの言葉も皆に届いておる。」




初めて、この世界で会話ができた。


胸の奥に込み上げてくるものがある。


「ありがとう……ございます。」


老婆は優しく微笑んだ。


「礼を言うのはこちらじゃ。」


「長い人生を生きてきたが、髪を切るだけでこれほど心が軽くなるとは思わなんだ。」


少し間を置き、俺をまっすぐ見つめる。


「異世界の理容師よ。」


「おぬしは、この世界に新しい文化を持ち込んだ。」


その言葉に、村人たちがどよめく。


俺は静かにシザーケースへ手を添えた。


ようやく、この世界で本当の意味で歩き始められる。


そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。