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剣より鋏 〜異世界で人を整える理容師の物語〜  作者: 刈り〼


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3/11

第二話 見知らぬ空の下で

ハサミを握ったまま、のような不思議な感覚で意識が遠のいた。


いや、


遠のいた、というより。


ゆっくりと深い海へ沈んでいくような感覚だった。


音が消える


光が消える


時間というものさえ、どこかへ溶けていった。











鳥の鳴き声が聞こえる。



、、、、




朝か。


そう思った、まぶたを開く。


見慣れた白い天井ではない


木で組まれた梁


乾いた草の香り


壁には見たこともない織物が掛けられている。


「、、病院じゃ、ない?」


身体を起こそうとすると、全身が軋んだ。


事故の痛みはない、腕も足も動く。


胸に手を当てる、鼓動がある。




生きている。




だが、どこかがおかしい。


窓から差し込む光は柔らかいし

外では馬のいななきが聞こえる。


車の音がしない。


サイレンもない。


スマートフォンを探すが

ポケットは空だった。



そのとき、木の扉が開いた!


「あっ!」


十歳くらいの少女が、驚いたように目を丸くした。


言葉は分からない


しかし、その表情だけで十分だった


「目が覚めた!」


そう言っているのだと、不思議なくらい理解できた。


少女は慌てて部屋を飛び出していく、


しばらくすると、白髪交じりの老人が入ってきた。


長い髭、粗末な麻の服、日に焼けた大きな手。眉毛だって目が見えないくらいに


老人は俺の額に手を当て、何かを話しかける。


やはり意味は分からない。


それでも敵意は感じなかった。


俺はゆっくり頭を下げる

老人も穏やかに笑い返した。


その笑顔だけは、世界が違っても同じだった。



ーーーーー



三日後


少し歩けるようになった俺は、家の外へ出た。


言葉を失った。


石畳の道


木造の家々


煙突から立ち上る白い煙


荷馬車


鎧を着た男


長いローブのようなものを纏った女


まるで映画の撮影現場だった。


いや、違う。


ここが現実なのだ。


俺は事故で死んだ。


ーそしてー


異世界へ来た。


その事実を受け入れるまで、長い時間はかからなかった。


理容師という仕事は、人を見る仕事だ。


目の前の現実から目を背けても、何も変わらない。


だったら受け入れるしかない。


そう思った。


ふと、道行く人々に目が止まる。


男も女も、老人も子どもも。


誰もが肩や腰まで髪を伸ばしている。


前髪が目にかかっていても、そのまま。


髭も伸び放題。


兵士ですら髪を束ねているだけだった


(……床屋が、ないのか?)


商店を見渡す。


パン屋


鍛冶屋


仕立て屋


宿屋


八百屋


酒場


どこにも理髪店らしき店は見当たらない。


そのとき、一人の少年が転んだ。


地面に手をつく。


長い前髪が顔を覆い、傷口に泥と髪が張り付く


思わず駆け寄った、少年は怯えた顔で俺を見る


俺はポケットに手を入れる


何もない。


消毒液も、ガーゼもない。


もちろん、ハサミも、、、



その瞬間だった。


腰に違和感を覚える。


触れてみる。


革のシザーケースだった。


事故のとき身につけていた、のかは覚えていないが、使い込んだ茶色のケース。


震える手で触れる


中には5本のハサミが、静かに収まっていた。


何度も研ぎ、何万人もの人生に触れてきた相棒たち。


俺は思わず笑ってしまった。


「お前たちまで来たのか。」


異世界に知り合いはいない

頼れる人もいない。


金もない


家もない




それでも。


この5本だけは、俺を裏切らない。


俺は静かにシザーケースから


そして、この世界で初めて決意する。




もう一度、この世界で床屋として生きよう。

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