第9話:保留という選択
応接室には、静かな空気が流れていた。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
向かいに座るのは、正式に婚約者候補とされていた青年。
整った所作。
落ち着いた声音。
――非の打ちどころがない。
初めて会った時と、変わらない態度。
「ええ」
私は軽く頷く。
給仕係が紅茶とお菓子を運んでくる。
テーブルに並べ終わると一礼して、退出した。
「本日は“試験”ではないのですか?」
テーブルの上は、どこから見てもお茶会。
彼は穏やかに問いかける。
事前にどのような試験が行われたのか、聞いていたのに的が外れたのでしょう。
ですが。
「そうですわね」
「少しだけ、お話をしたくて」
彼は婚約者候補、これが自然でしょう。
ティーカップを手に取る。
視線は逸らさない。
「では、何をお聞きになりますか」
彼もティーカップに口をつけた。
「簡単なことですわ」
静かに、言葉を置く。
「あなたは――なぜ、わたくしとの婚約を望まれるのですか」
可愛気も、飾り気もない言葉。
けれど、彼は迷わなかった。
ティーカップを置くと、ハッキリとした声で言う。
「家のため、というのが一つ」
貴族として、正しい答え。
「そして」
私の瞳の奥を覗き込んでくる。
「あなた個人にも、興味があります」
……あら。
「興味、ですの?」
「ええ」
彼は微かに笑う。
自然な笑顔。
「ここまで大胆なことをなさる方は、そうはいません」
視線が、まっすぐに向けられる。
「その在り方を、もう少し知りたいと思いました」
……なるほど。
嘘は言っていないわね。
私はティーカップを置く。
「では、もう一つ」
「はい」
彼の背筋が綺麗に伸びる。
「もし、わたくしが“ふさわしくない”と判断した場合」
私は扇子で口元を隠し、挑発するような目が強調される。
「どうなさいますの?」
わずかに、空気が変わる。
けれど彼は、崩れない。
「受け入れます」
即答だった。
「それが、あなたの判断であるならば」
彼は再び、ティーカップに口をつけた。
……綺麗すぎますわね。
「不満はありませんの?」
「ありません」
二口目は紅茶の香りを楽しむように目を閉じる。
「では、未練は?」
「ない、と言えば嘘になりますが」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「それでも、覆すつもりはありません」
静かな答え。
嘘ではない。
けれど――
どこか、完成されすぎている。
彫刻作品のように。
私は、ほんの少しだけ視線を落とす。
「……そう」
その返事は扇子で隠した。
紅茶とスコーンの甘い香りだけが、ゆっくりと広がる。
――判断は、できる。
けれど。
それは、本当に“正しい”のか。
彼は婚約者の鑑。
ほんのわずかに。
思考が揺れる。
……いけませんわね。
私は、ゆっくりと顔を上げる。
「本日は、ありがとうございました」
結論を告げる。
けれど――
「今回は」
彼の表情にまだ変化はない。
「保留とさせていただきますわ」
彼の瞳が、わずかに揺れた。
「……保留、ですか」
「ええ」
私は微笑む。
「貴方の“外”しか、まだ見えておりませんもの」
欠けているものが、見えませんの。
貴方には……。
彼は、少しだけ考え――
「承知いたしました」
そう答えた。
その指先が、ほんのわずかに強く握られていることに、私は気づいていた。
それ以上、何も問わなかった。
「ここからは普通に貴方との会話を楽しみましょう」
……やはり。
よく出来た方。
ですが――それだけでは、足りませんの。
私は彼の瞳の奥を見つめる。
完璧と――鉄壁は違いますから。
……誰かに、そう作られたのかしら。
それともそう、“整えられた”のかしら。
第9話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、“完璧な婚約者候補”との対話でした。
非の打ちどころがないからこそ、見えてくるものもあるのかもしれません。
そして、最後に見えた小さな反応。 あれが何を意味するのか――
次回もよろしくお願いいたします。




