第8話:予定外
正しい彼女が帰った後。
静けさだけが、残った。
テーブルに落ちた花びらを見つめながら呟く。
「……判断に、誤りはなかったはずですわ」
そのはずなのに。
花瓶からは悲しさが漂う。
落ちた花びらを摘む。
指先で擦れば、微かに匂いが広がる。
ティーカップに浮かべれば、見る見るうちに沈んでしまった。
後ろに控えていた気配が動く。
「新しい紅茶をお持ちします」
侍女が退出すると、部屋は更に静まり返る。
聞こえるのは、自分の音だけ。
このまま、止まっていたら何かが消えてしまうように感じた。
「……あそこ、ですかね」
音もなく、私は立ち上がった。
本来であれば、この時間に出歩く理由はない。
――予定にも、なかった。
私は僅かな余韻を求めていた。
彼女でもない、ただの正しさでもない。
単なる普通。
……それを、求めていた。
静まり返った廊下を、一人で歩く。
だから。
足は、自然とある場所へ向かっていた。
使用人たちの控え室。
扉の前で、私は一度だけ立ち止まる。
……なぜ、こちらへ?
答えは出ない。
私は答えを求めているのだから……。
けれど、扉の向こうから声が聞こえた。
「助かりました、あの時は……」
メイドの声。
「別に。余っていただけだ」
低く無骨で、短い返答。
――あの騎士。
合格にしたことで、逗留中の彼。
「でも、とても美味しくて……」
恥じらいの中に混じる甘い艶。
ただの感謝ではない。
「そうか」
なのに、それだけ。
会話は、そこで終わった。
騎士の足音が遠くなっていく。
目も当てられない対応。
けれど、不思議と――
居心地の悪さは感じられなかった。
メイドの彼女がどう思ったかは、存じ上げませんが……。
私は、扉から少しだけ離れる。
……見る必要は、ありませんわね。
もう、答えは出ているはず。
それなのに。
足が、動かない。
――なぜ?
問いかけても、返事はない。
ただ、胸の奥に小さな違和感が残る。
これまで感じたことのないもの。
「……お嬢様?」
振り返ると、侍女が立っていた。
「こんなところで、いかがなさいましたか」
侍女はいつもと変わらない。
「……いいえ」
私はすぐに視線を外す。
その行動がいつもと違うのに。
「少し、考え事をしていただけですわ」
嘘ではない。
けれど、本当でもない。
侍女は普段見せない微笑みで、優しく諭す。
「お戻りになりますか?」
「ええ」
一歩、歩き出す。
いつも通り。
何も変わらない足取りで。
けれど。
ほんのわずかに。
思考が、ずれている。
「……不思議ですわね」
小さく、呟く。
振り払うように、扇子を開いては閉じる。
「……試験のはず、ですのに」
それなのに。
――なぜ、気になるのでしょう。
その答えを、まだ知らないままでいたいと。
考えるべきではありませんのに。
――なぜか、そう思ってしまった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
気にならないはずのことが、 気になってしまう。
その理由を考えないままでいることも、 ひとつの選択なのかもしれません。




