第10話:思い出せない記憶
静かな部屋。
灯りを落とした中で、私は窓辺に立っていた。
夜風が、カーテンを揺らす。
――不思議ですわね。
ここ数日。
思考が、わずかに乱れている。
原因は、分かっている。
あの騎士。
そして――
婚約者候補の青年。
どちらも、これまでとは違う。
けれど。
「……違うのは、そこではありませんわね」
ぽつりと、呟く。
胸の奥に引っかかっているのは――
もっと前からあるもの。
白い光。
小さな手。
「……約束」
自然と、その言葉が零れた。
誰と交わしたのかも分からない。
顔も、名前も、思い出せない。
それなのに。
あの時の“感覚”だけは、はっきりと残っている。
「必ず、見つけると」
――わたくしが、言った。
そこまで思い出したところで。
ふと、違和感が走る。
……本当に?
わたくしが、言ったのかしら。
それとも――
言われた?
思考が、一瞬だけ止まる。
その時。
「失礼いたします。お嬢様」
扉の外から、メイドの声がした。
側付きの侍女が扉越しに応対する。
胸騒ぎ。
「何かしら」
月の明かりを背に私は振り返った。
金髪の髪が反射して、幻想的に彩る。
メイドから用件を聞いた侍女が近付いてきた。
「騎士の方が、お嬢様にお渡ししたいものがあるとのことです。如何致しますか」
――あら。
こんな夜分に来るなんて……。
やっぱり、評価など気にしない方なのね。
それとも、私のことなど興味がないのか。
だとしたら、こんな時間に来るはずがないですわね。
「通して」
短く告げる。
「かしこまりました」
頭を一度だけ下げた侍女が扉に寄っていった。
やがて、扉が開く。
入ってきたのは、あの騎士。
「呼び立ててすまない」
彼は無骨に頭を下げた。
「構いませんわ」
私は彼を見つめる。
その無骨で、礼節がなっていない彼を……。
「それで?」
騎士は、無言で一つの小さな包みを差し出した。
「……これは」
頭の奥が、微かに軋む。
――懐かしい。
そう思った瞬間、
なぜか、息が詰まった。
「落ちていた」
彼からは説明する気が感じられない。
「落ちていた……?」
受け取り、開く。
中にあったのは――
古びた、小さな装飾品。
どこか、見覚えがある。
指先が、わずかに止まる。
「……これは」
頭の奥が、微かに軋む。
白い光。
小さな手。
指先に触れた感触が、どこかあの“手”と重なる。
一瞬だけ。
けれど――
そこで、途切れた。
「思い出せませんか?」
不意に、騎士が口を開く。
私は顔を上げる。
「……何を、ですの?」
息が途切れそうな、悲壮な顔で。
「いや」
言葉を飲み込み、騎士は視線を外す。
「なんでもない」
それだけ。
沈黙が落ちる。
私はもう一度、手元の装飾品を見る。
確かに、何かが引っかかっている。
けれど。
まだ、届かない。
視線を上げる。
騎士は、いつも通りの無表情で立っていた。
「用件はこれだけだ」
彼はマントを翻すと去っていく。
――この方は。
どこまで知っているのかしら。
私は装飾品を手に窓辺へと向かう。
月の光が反射して、鈍い白い光を放つ。
……まさか、あなたが――?
けれど、その考えは、すぐに打ち消した。
あり得ない。
――そう思わなければ、いけない気がした。
第10話をお読みいただき、ありがとうございます。
少しだけ、見えていなかったものに触れ始めました。
けれど、まだ断片のままです。
この違和感が何なのか――
引き続き見守っていただければ嬉しいです。




