第11話:見えない相手
翌日。
私は、珍しく屋敷の奥へと足を運んでいた。
使用人たちの区画。
本来であれば、わたくしが立ち入る必要のない場所。
けれど。
――気になるのですもの。
理由は、はっきりしている。
彼から渡された、あの装飾品。
そして。
あの時の違和感。
私の記憶を引き止めるのに充分だった。
客人など、皆無なこの場所は屋敷よりも質素な作り。
飾りが一切ない扉が開く。
「お嬢様……?」
開いた扉の途中で、若いメイドが足を止めた。
「ごきげんよう」
私は微笑む。
彼女は慌てて、カーテシーをする。
その姿はまだ、たどたどしかった。
「少し、お聞きしたいことがありますの」
「は、はい」
彼女は慣れていないようで、戻るタイミングを逃していた。
「もう、楽にしてよいのよ」
「は、はい」
その姿は大変に微笑ましかった。
「この屋敷で、長く仕えている方はどなたかしら」
一瞬の戸惑い。
「それでしたら……メイド長が」
緊張から、言葉が切れていた。
「では、その方を」
彼女は慌てて、早足に去って行く。
やがて、年配の女性を連れて戻ってくる。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
彼女のカーテシーには年季が感じられた。
「ええ」
私は頷く。
「少し昔のことを、お聞きしたくて」
「昔、でございますか」
彼女は釈然としない表情を浮かべた。
「そうよ」
「かしこまりました。それで昔のことと言うのは」
私はハンカチーフに包んだ装飾品を、手に取り見せる。
「これに、見覚えは?」
メイド長の目が、わずかに動く。
――反応。
「……いえ、私には」
すぐに否定される。
けれど。
完全な無関心ではない。
「そう」
私はそれ以上、追及しなかった。
「では、もう一つ」
「はい」
「幼い頃、この屋敷でわたくしと関わりのあった者は?」
沈黙と同時に彼女は目を閉じた。
ゆっくりと思い出すように……。
わずかに、空気が重くなる。
やがて、口が開かれた。
「……多くはございませんが」
私と目が合う。
「ですが?」
「庭師の子が、一時期」
――庭師の子。
その言葉に、胸の奥がわずかに揺れる。
――なぜか、息が浅くなる。
「今は?」
「既に、屋敷にはおりません」
短い答え。
それだけ。
それだけのはずなのに。
なぜか――
引っかかる。
「名前は?」
「……申し訳ございません」
わずかに間を置いて、そう答えた。
「覚えておりません」
嘘ではない。
けれど。
何かを隠しているわけでもない。
ただ――
本当に“重要ではなかった”だけ。
……そう。
わたくしにとっても。
その程度の存在だった、ということ。
それなのに。
どうして。
「……不思議ですわね」
小さく、呟く。
メイド長は何も言わない。
ただ静かに、頭を下げている。
私は視線を外す。
もう十分。
それ以上は、必要ない。
そのはずなのに。
――どうして、思い出したいのでしょう。
思い出す必要など、ないはずなのに。
指先に、わずかに力が入る。
痛い。
けれど、離せなかった。
まるで――
忘れてはいけないものを、失くしてしまったかのように。
それが何かも分からないまま。
第11話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、過去の断片に“輪郭”が与えられる回でした。
名前も、記憶もないまま。 それでも残っているもの。
その違和感が、どこへ繋がるのか――
次回もよろしくお願いいたします。




