第47話:新しい時代
玉座の間には、多くの人々が集まっていた。
貴族たち。
騎士たち。
各国から訪れた使節たち。
その中央。
王冠を戴く青年の姿。
私たちの息子だった。
凛々しく成長したその姿に、思わず目を細める。
気づけば、あんなにも大きくなっていた。
幼い頃は庭を駆け回っていたというのに。
今では一国を背負う立場にいる。
式典は粛々と進む。
やがて宣言が読み上げられた。
新たな国王の誕生。
玉座の間に拍手が響く。
私は静かに息を吐いた。
その時。
隣から小さな声が聞こえる。
「終わったな」
夫だった。
私は思わず笑う。
「まだ始まったばかりですわ」
「違いない」
そう言いながらも、どこか肩の力が抜けていた。
王として。
父として。
ずっと背負ってきたものを下ろした人の顔だった。
私はもう一度、息子を見る。
玉座の前に立つ姿は頼もしい。
けれど同時に、少しだけ寂しくもあった。
親というものは勝手だ。
成長を願いながら。
その日が来ると、少しだけ名残惜しくなる。
「立派になりましたね」
「ああ」
短い返事。
けれど、それだけで十分だった。
夫も同じ気持ちなのだろう。
やがて息子の視線がこちらへ向く。
一瞬だけ目が合う。
そして。
彼は小さく頭を下げた。
王としてではない。
息子として。
私は微笑み、静かに頷く。
もう私たちの出番ではない。
これから先は、彼の時代だ。
即位式が終わった穏やかな午後。
空中庭園には、柔らかな風が吹いている。
花々は季節ごとに植え替えられているはずなのに、不思議と昔と変わらないように見えた。
私はゆっくりと歩く。
その隣を、夫が歩いていた。
もう国王ではない人。
けれど私にとっては、変わらず夫だった。
「静かですわね」
「ああ」
短い返事。
それだけで会話が終わる。
昔なら気まずかったかもしれない。
けれど今は違う。
沈黙もまた心地良い。
しばらく歩く。
誰にも急かされない時間。
次の予定を気にする必要もない時間。
そんなものが訪れるとは、若い頃は思わなかった。
「不思議ですわ」
私が呟く。
「何がだ?」
「今日も執務があるような気がしてしまいますの」
夫が小さく笑った。
「それはわかる」
「陛下もですか?」
「もう陛下ではない」
「長年の癖ですわ」
そう言うと、彼は肩を竦めた。
「今朝など、書類を探してしまった」
思わず吹き出す。
「ありませんでしたでしょう?」
「当然だ」
珍しく少しだけ不満そうな声。
それがおかしくて、私は笑う。
夫もつられて笑った。
こんな風に笑い合うのは、いつ以来だろう。
ふと視線を上げる。
東屋が見えた。
懐かしい場所。
私たちが何度も過ごした場所。
「座りますか?」
「そうしよう」
並んで腰を下ろす。
目の前には色とりどりの花。
遠くには城下街。
そのどちらも変わらない。
変わったのは私たちだけだ。
「立派でしたわね」
夫が何も聞き返さない。
誰のことか分かっているから。
「そうだな」
静かな声だった。
誇らしさと。
少しの寂しさが混ざった声。
「もう私たちの出番ではありませんね」
「そうかもしれん」
しばらく沈黙が続く。
風が花を揺らしていた。
やがて夫が言う。
「だが」
「はい?」
「悪くない」
私は思わず目を瞬く。
彼は庭園を眺めたままだった。
「こうしているのも」
その一言に。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
若い頃なら言わなかっただろう。
言えなかったのかもしれない。
長い時間が流れた。
本当に長い時間だった。
嬉しいことも。
苦しいことも。
たくさんあった。
それでも。
こうして隣にいる。
ただ、それだけのことが嬉しかった。
私はそっと微笑む。
「私もですわ」
風が吹く。
花が揺れる。
空はどこまでも青かった。




