第46話:寂しくないはずがない
王城の一室。
窓の外には見慣れない王都の景色。
けれど部屋の主は、一度もそこへ目を向けようとしなかった。
椅子に座ったまま、膝の上で手を握りしめている。
まだ幼さの残る少女。
隣国から嫁いできた未来の王太子妃。
和平の証として、この国へやって来た王女だった。
「失礼いたします」
私が部屋へ入ると、少女は慌てて立ち上がった。
「お、王妃様」
「そのままで構いませんわ」
そう言って微笑む。
けれど少女の肩は強張ったままだった。
当然だろう。
家族も友人もいない異国。
頼れる者など誰もいない。
昔の私も同じだった。
「お茶を持ってきましたの」
私が言うと、少女は戸惑った顔をした。
「わ、私にですか?」
「他に誰がおりますの?」
思わず笑ってしまう。
少女はさらに困った顔になった。
その反応が可愛らしくて、少しだけ懐かしかった。
紅茶の香りが部屋に広がる。
しばらくは他愛もない話をした。
天気のこと。
王都のこと。
庭園の花のこと。
けれど少女はどこか上の空だった。
私はカップを置く。
「寂しいのでしょう?」
少女の肩が震えた。
図星だったらしい。
「……そんなこと」
「ありますわ」
即座に否定する。
昔の自分を見ているようだった。
「私もそうでしたもの」
少女が顔を上げる。
驚いたような目だった。
「王妃様も……ですか?」
「ええ」
思わず笑う。
「毎日帰りたいと思っておりましたわ」
「え?」
「本当ですのよ」
今だから笑い話にできる。
けれど当時は必死だった。
泣きたい夜もあった。
逃げ出したい日もあった。
少女の目が少しだけ潤む。
きっと限界だったのだろう。
まだ子供なのだ。
王女として立派に振る舞っていても。
国のために来たとしても。
寂しくないはずがない。
「大丈夫ですわ」
私は静かに言った。
「ここには私がおります」
少女が息を呑む。
「王妃教育は厳しいですか……?」
不安そうな声。
私は少し考えるふりをした。
「そうですわね」
少女の顔が青くなる。
「たぶん、とても厳しいですわ」
「や、やっぱり……」
「ですが」
私は微笑む。
「泣きたくなったら、お茶くらいは付き合います」
一瞬。
少女が呆然とした顔になる。
そして――
初めて笑った。
まだぎこちない笑顔。
けれど確かに笑った。
それだけで十分だった。
部屋を出た後。
廊下の向こうから夫が歩いてくる。
「どうだった?」
「昔の私を見ているようでしたわ」
夫が小さく笑う。
「それは大変だな」
「本当に」
私も笑う。
そして少しだけ遠くを見る。
「娘がいたら、こんな感じだったのかもしれませんね」
ぽつりと零れた言葉。
夫は一瞬だけ目を瞬かせた。
それから。
「ならば、少し甘やかし過ぎるかもしれんな」
「否定できませんわ」
風が吹く。
窓の外では花が揺れていた。
昔、自分が支えられた場所で。
今度は誰かを支える側になっている。
それが少しだけ嬉しかった。




