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選別令嬢の試験――誠実な方ほど壊れていくようですわ  作者: くろのわーる


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第42話:明けぬ戸惑い



 王城正面の大階段。


 白亜の石畳を埋め尽くすほどの民衆が、城門の外まで続いている。


 王都中の鐘が鳴っていた。


 祝福を告げる鐘。


 次代の王太子妃の誕生を告げる音。


「王太子殿下様、王太子姫様、前へ」


 近衛騎士に促され、一歩前へ出る。


 ベールが風で捲れ上がる。


 瞬間――歓声が、爆ぜた。


「王太子妃殿下!」


「おめでとうございます!」


「万歳!」


 無数の花弁が舞う。


 白。


 桃。


 薄紫。


 空を埋めるほどの祝福。


 息が止まった。


 ……何故。


 理解が追いつかない。


 向けられるはずだったものは、違った。


 畏怖。


 猜疑。


 あるいは、侮蔑。


 そういう視線には社交界で慣れている。


 だけど――。


 こんなにも真っ直ぐな歓声など、知らない。


 私は敵国から来た人質。


 なのに。


「姫殿下!」


 幼い少女が、柵の向こうから両手を振っていた。


 花冠を抱えている。


 その隣では母親らしき女性が、涙ぐみながら頭を下げていた。


「……っ」


 胸の奥が、妙に騒ぐ。


 足元が揺れるような感覚。


 呼吸が浅い。


 駄目。


 ここで立ち止まってはいけない。


 王家の前で。


 民衆の前で。


 無様を晒すことは許されない。


 私は公爵家の令嬢。


 そう思った瞬間。


「顔を上げなさい」


 静かな声が、隣から落ちた。


 視線を向ける。


 現王妃が、穏やかに微笑んでいた。


 私と同じ、黄金の髪。


 歳月を重ねても揺るがぬ気品。


 王の隣に立ち続けた者だけが持つ静かな威圧感。


「民は、あなたを恐れてはいません」


 優しい声音だった。


 だが、その一言は妙に鋭く胸へ刺さる。


「です、が……」


「ええ。怖かったのでしょう」


 否定されなかった。


 取り繕う暇もなく。


 誤魔化す余地すらなく。


 ただ当然のように、見抜かれる。


「初めてですもの」


 王妃の視線が、階下へ向く。


 歓声は今も止まない。


「王族とは、時に民から理想を押し付けられる生き物です」


 花弁が風に舞う。


「愛されることもまた、重責なのですよ」


 揺るぎのないその言葉に、息を呑む。


 愛されること。


 そんなものは、幸福の形だと思っていた。


 貴族の家に生まれ、決められた相手と結婚する。


 そこに愛はないと思っていた。


 けれど、王妃は違うと言った。


 民からも、愛される者。


 それもまた、背負うものなのだと。


「……私は」


 上手く言葉にならない。


 王妃は小さく笑った。


「今はまだ、理解出来なくて構いません」


 そう言って、そっと私の手を取る。


 冷えていた指先が、僅かに強張った。


「ですが、今日から学んでいきなさい」


 王妃の瞳が、静かに細められる。


「王妃とは何かを」


 私の試験は、形を変えて始まった。


 手を引かれる。


 王妃の手は驚くほど冷静で、驚くほど温かかった。


「歩きなさい」


 短い命令。


 だが拒否の余地はない。


 階段を一段、また一段と降りていく。


 視線が、逃げ場なく絡みつく。


 歓声は変わらない。


 なのに、それが少しずつ“音”ではなく“圧”に変わっていくのが分かった。


(……見られている)


 それは社交界の比ではない。


 評価でも、嘲笑でもない。


 もっと単純で、もっと純粋な――期待。


「今日からあなたは、“象徴”になります」


 王妃が、歩きながら言う。


「個人ではなくなります」


 胸が、わずかに詰まる。


「……私は、人質です」


 思わず零れた言葉に、王妃は一度だけ目を細めた。


「ええ。過去はそうでしょうね」


 否定しない。


 ただ、続ける。


「ですが今日からは違う」


 そして、民衆の上に視線を投げたまま言った。


「“違うことを、証明し続ける側”になるのです」




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