第4話:こぼれた本音
翌日。
朝から屋敷は慌ただしかった。
アポもなしに試験を望む方達が押し掛けたからだ。
王国、王家を支える貴族家の頂点、エーヴェルハルト公爵家。
その長子たる私が、誕生日会でどなたでもとは言いいましたが約束を取り付けずに、というのは如何なもの。
それとも、厳しく見てもらいたいのかしら。
夜。
――結果は。
「……三人とも、違いましたわね」
……全員、自ら崩れてくださいましたけれど。
賑やかだった屋敷も、すっかり静まり返っていた。
部屋に戻った私は、椅子に腰掛けると、ゆっくりと息を吐く。
「……はあ」
小さく、ため息がこぼれた。
「お疲れ様でございます、お嬢様」
背後から、柔らかな声。
振り返ると、いつもの侍女が静かに立っている。
「少しだけ、ですけれど」
そう言って、扇子をテーブルに置く。
「本日は三名の方とお話なさっておりましたね」
疲れた理由に自身で納得する。
「そうでしたかしら」
だけど、彼らの顔はすでに遠い。
軽く肩をすくめる。
「どなたも、申し分ない家柄の方ばかりでしたが」
その言葉に、私は少しだけ目を細めた。
彼女も思うところがあったのだろう。
「……ええ、そうね」
家柄だけなら……。
良家、旧家、名家。
王国内では名の通っていた家。
――でも。
今日、来られた方達は看板だけは立派だった。
他には何もなかった。
残念ですが。
「大したことは、ありませんでしたわね」
侍女が、わずかに目を瞬かせる。
「少し、期待していたのですけれど」
ティーカップに口をつける。
もう冷めてしまった紅茶。
ほんのりと伝わる甘さが、体を巡る。
「意外と、いらっしゃらないものね」
ぽつりと、こぼす。
「“普通でいられる方”というのは」
紅茶は冷めてしまっても、風味は変わらない。
静かにソーサーごと、テーブルに置く。
「立場も、視線も、何もかも変わっても――それでも変わらない方」
二人しかいない部屋に、沈黙が落ちる。
「それほど難しいことでしょうか」
誰に向けたわけでもない問い。
けれど。
「……難しいのかもしれませんね」
侍女は、静かに答えた。
その声に、私はほんの少しだけ視線を上げる。
「そう」
短く、返す。
「お嬢様が最初に落とした殿方は、当主候補から外されたそうですよ」
顔を思い出そうとして、やめた。
御縁がなかっただけの話。
「では、なおさら――」
言葉を切る。
不意に、頭の奥に浮かぶものがあった。
私が求めている縁を。
白い光。
小さな手。
そして――
「……不思議ね」
「お嬢様?」
「昔のことは、よく思い出せないのに」
指先を見つめる。
「ひとつだけ、覚えているの」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「誰かと、約束をした気がするのよ」
侍女は何も言わない。
ただ、静かに耳を傾けている。
「必ず、見つけると」
どうしてそんなことを思ったのかも、分からないのに。
本当に言ったのかも、曖昧なのに。
ふっ、と小さく笑う。
「ずいぶんと――思い上がった約束でしょう?」
侍女を再び見上げる。
彼女の反応をうかがうように。
「……わたくしらしい、とも言えますけれど」
何も言わず、ただ柔らかく見つめ返してくる。
「……それでも」
視線を上げる。
シャンデリアが一段と輝いている。
夜の静けさの中で。
「わたくしは、きっと――見つけるのでしょうね」
誰なのかも、わからないまま。
「ですから」
ティーカップを置く。
「まだ、終わりにはいたしませんわ」
――次は、逃げ場のない試験にいたしましょうか。
今度は――
“どちらを選ぶか”で、本性を見せていただきましょう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
思い出せないことと、 忘れていないことは、 同じではありません。
彼女が何を覚えているのか。
それが、この物語の始まりです。




