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選別令嬢の試験――誠実な方ほど壊れていくようですわ  作者: くろのわーる


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第3話:サロンの噂



 有力と見られていた伯爵家の子息が落ちたことで、社交界にはまた激震が走った。


 ――けれど。


 私にとっては些細な出来事。


 どれだけ渦中の人物として、後ろ指を差されようが、私自身は何も変わらない。


 ただ、心配なのは皆さまが怖じ気づいていないかだけ。


「名乗りを上げる方は、いらっしゃるかしら」


 ゆっくりと進む馬車の中、私はそう呟いた。


「お嬢様、間もなく到着です」


 向かいに座る侍女は私から目を離さない。


「そう」


 私は窓枠に肘をつき、外を眺める。


「大変、噂になっているようですよ」


 彼女なりの忠告。


 でも、私には何の意味も持たない。


「そうでしょうね」


 興味が薄い私に侍女は息をひとつだけついた。



 午後の柔らかな陽射しが差し込むサロン。


 紅茶の香りとともに、穏やかな会話が交わされている――はずだった。


「……聞きまして?」


 一人の令嬢が、声を潜める。


「例の、公爵令嬢様のこと」


 その一言で、空気が変わった。


「婚約者を選ぶために、殿方を“試している”とか」


「まあ……なんてこと」


「しかも、その結果がまた――」


 言葉を濁しながらも、視線が交わる。


 誰もが、続きを知っている。


 なのに、実に愉快そうに。


「何人も、すでに退けられたそうですわね」


「ええ。どの方も評判の良い方でしたのに」


「特に伯爵様の子息なんて、良い方だと思いますのに」


「それが、あのような形で……」


 不穏な噂でも、彼女たちの口元は扇子で隠されている。


 見られては困るものがあるように……。


「落とされたショックで、侍女を泣かせたとか聞きましたわ」


「家の中では声を荒げていた、とも……」


 だが、ひとりの令嬢のカップを持つ手が、わずかに止まる。


「少し……怖くはありませんこと?」


 ぽつりと、その令嬢が呟いた。


 それは――自身が“誠実でない自覚”があるから出た言葉。


 本人が気付くことはまだないが……。


「だって、何を基準に選んでいるのか、わからないのですもの」


「完璧に見える方でも、簡単に落とされてしまうなんて……」


「まるで――」


 一人が、言いかけて、言葉を飲み込む。


「……まるで、最初から"分かっていた"みたい」


「……それとも、最初から“落とす方”を決めていらしたのかしら」


 扇子で隠されていたものはすでになく、その場には沈黙が落ちる。



 その時だった。



 サロンの空気が明らかに変わった。


 より華やかに、より重厚に。


「――ごきげんよう」


 静かな声が、背後から差し込む。


 全員が振り返る。


 そこに立っていたのは――


「お話、楽しそうですわね」


 渦中の公爵令嬢。


 その人だった。


「い、いえ、そのような……」


 目を合わせてしまった令嬢が慌てて取り繕う声。


 けれど、遅い。


「構いませんわ」


 私は微笑む。


「噂というものは、広がるものですもの」


 侍女に椅子を引かれながら、ゆっくりと席に着く。


 視線を一人ひとりに向けながら。


 給仕係が紅茶を注ぐ間、誰も口を開かない。


 令嬢たちは失礼にならないよう、目は合わせるが動けないでいた。


「それで?」


 ティーカップを手に取り、軽く傾ける。


「わたくしは、どのように語られておりますの?」


 侍女の失笑が聞こえたが誰も、すぐには答えられない。


「……あの」


 やがて、一人の令嬢が口を開いた。


「殿方を……試していらっしゃると」


 その言葉は、会話というよりも好奇心から。


「ええ」


 私はあっさりと頷く。


「その通りですわ」


 噂が事実になり、空気が張り詰める。


「なぜ、そのようなことを……?」


 恐る恐る、問われる。


「簡単なことですわ」


 ――“選ぶ価値のない方”は、最初から見えておりますもの。


 誰よりも優雅に私は紅茶を一口含む。


 そして――


「わたくしにふさわしくない方と、時間を分かち合う理由はございませんもの」


 静かに、言葉を置く。


「誠実さは、取り繕えるものではありませんわ」


 にこりと、微笑む。


 異性ではなく、同性に向ける笑み。


 サロンにいる誰もが息を、呑んだ。


 なぜか、それ以上言葉を重ねることができない。


 誰も、もう軽口を叩くことはできなかった。


 令嬢たちが心の奥底に閉じ込めていた感情。


 気づかぬうちに琴線へ触れていたとしても。


「ですので」


 ティーカップを置く。


 小さな音が、やけに大きく響く。


 周りのテーブルも静まり返っていた。


 私はサロンにいる方たちに聞こえるように言う。


「皆様も、試されてみます?」


 その場にいる全員に向けて。


 だが、沈黙がサロンを支配する。


 誰も、答えなかった。


 ……いませんのね。


 どうやら――ここには、いらっしゃらないようですわね。


 今はまだ……。


 誰一人として、こちらを見返してこない。


 皆様のこと、嫌いではないのですけど。



 ここには――まだ、“残れる方”はいらっしゃいませんのね。



 ――もっとも。



 ここに来る前に、“壊れてしまった方”も。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


三話目は、少しだけ視点を外側に置いてみました。


完璧に見えるものほど、 何を基準にしているのか分からないと、怖くなるものです。


そして―― 本人は、その「怖さ」を自覚していないことが多い。


それが、この物語のひとつの歪みです。

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