第2話:与えられた権限
誕生日会での“試験”は、たった一人を落としただけで終わらなかった。
それは資格も、自覚もない方が――思っていた以上に多かった。
ただ、それだけですわ。
試験の話は、すでに翌日の朝には社交界の話題となっていた。
「次は誰が名乗りを上げるのか」
「どのような試験だったのか」
皆、興味深げに囁いている。
――ええ、構いませんわ。
見せるために、やっているのですから。
誠実さというものが、どれほど簡単に崩れるのかを。
なので、皆様は奮ってご参加ください。
昼前、屋敷の中が少しだけ緊迫していた。
誕生日会の後に、しっかりとアポイントメントを取ってきた律儀な来客。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます。シャルロット嬢」
目の前に立つのは、伯爵家のご子息。
社交界で何度か、顔を合わせたことがありますわ。
落ち着いた物腰に、丁寧な言葉遣い。
洗練された仕草。
貴公子といった風貌。
ご令嬢たちからの人気は高いと、伺っております。
前回とは違い、“まともそう”に見える方。
見た目だけは……。
「いえ、こちらこそ」
私は微笑む。
彼も釣られて、微笑む。
少し離れた位置にいる侍女には、さぞ良い雰囲気に見えていることでしょう。
「それで、今回はどのような試験を?」
期待と、わずかな警戒。
良い傾向ですわね。
ですが、情緒のない方。
「簡単なことですわ」
私は軽く扇子を広げる。
「本日一日、あなたに“わたくしの代理”を務めていただきます」
――権限を持った時。
人は、自分でも気付いていない“本性”を選んでしまうものですから。
「……代理、ですか」
拍子抜けした表情。
「ええ。些細な判断や、指示など」
その顔に視線をまっすぐに向ける。
「どうぞ、ご自由に」
――どのように振る舞うか、すべて拝見しておりますわ。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、彼の瞳が揺れた。
けれどすぐに、整えられる。
「承知いたしました。責任をもって務めさせていただきます」
――その言葉が、どこまで本物か。
確かめさせていただきますわ。
この目で――しかと。
「それでは、よろしくお願いいたします」
軽やかにスカートの端を浮かせると私はその場を離れる。
彼は私の姿が見えなくなるまで見送っていた。
侍女も一礼すると、私の後ろに付き従う。
もちろん――完全に離れるわけではない。
もう試験は始まっているのだから。
昼過ぎ。
屋敷の一角で、私は足を止めた。
少し離れた場所から、声が聞こえる。
普段は聞かない、でも朝に聞いたばかりの声。
「それくらい、早く済ませろ」
低く、苛立ちを含んだ声。
「申し訳ございません、ただ今――」
彼は一瞬だけ目を細める。
「これだから年寄りは――」
短く、舌打ちする。
使用人が慌てて首を振る。
「ならいい。急げ」
その直後。
彼の足が動き、使用人の手が弾かれる。
……理解しましたわ。
……さて。
もう、隠す気もないのですね。
私はその場を、静かに離れた。
その光景と声を刻みながら。
――少なくとも、無能ではないようですわね。
夕刻。
再び彼は、何事もなかったかのように私の前に立った。
昼に会った時と変わらない身だしなみで。
「本日の務め、いかがでした?」
胸を張って、彼は答える。
「シャルロット嬢が普段からどれだけの激務をこなしておられるか、この身に染みました」
整った笑み。
乱れのない所作。
薄っぺらい言葉。
――そして、完璧な仮面。
「そうですわね」
私は一歩、近づく。
「私の代わりにとてもよく、お務めくださいました」
たったこれだけの言葉で彼の表情が、わずかに緩む。
――その瞬間。
「ただ」
静かに、言葉を落とす。
終わらす訳がない。
「その仮面は、少し外れやすいようですわね」
彼の表情が凍った。
私の鋭い視線が彼をいとも容易く貫く。
空気が、張り詰める。
「……何のことでしょうか」
声が、ほんのわずかに硬い。
白々しい言葉。
不快を感じているのか、眉が少しだけ上がる。
扇子をゆっくりと開き、告げてあげる。
「言葉と行動の差を少し、見ておりましたの」
それだけで十分だった。
彼は何かを言いかけて――言葉を失う。
もう、取り繕えないと理解したのでしょう。
「本日は、ありがとうございました」
私は優雅に一礼する。
「ですが――」
視線を外す。
興味を失ったように。
「今回は、ご縁がなかったということで」
――誠実では、いられませんでしたものね。
静かに、扇子を閉じる。
それが合図。
彼は何か言いたそうに、肩が動くが私の侍女が扉を開ける。
有無を言わせない連携。
来た時とは、違い。
その肩は落ちていた。
けれど。
扉から出る直前。
ほんの一瞬だけ――振り返る。
その目には、先ほどまでの余裕はなく。
私に向けられた隠しきれない感情が、剥き出しになっていた。
仮面が一度外れてしまえば、戻せないようですわね。
彼が出て行くまで、一度も目を合わせることはなかった。
侍女がゆっくりと扉を閉める。
異物がいなくなった部屋に静けさが戻った。
……さて。
今回は、少しだけ。
ほんの少しだけ――期待していたのですけれど。
窓の外では陽が落ちようとしていた。
閉じていた扇子を開くと、誰にも聞かれないように呟く。
「では――次は、どなたが残るのでしょうね」
――それとも。
誰一人、残れないのかしら。
――試験は、まだ始まったばかりですもの。
「――ええ、まだ」
彼の評判も地に落ちますわね。
「……三日、持てばよろしいのですけれど」
本話をお読みいただき、ありがとうございます。
人は与えられた役割の中でこそ、無意識の選択を重ねてしまうもののようです。
整えられた言葉と、取り繕われた態度。
それらが崩れる瞬間に現れるものは――果たして、本性と呼べるのでしょうか。
それとも。
ただ“そうあるべきだと思っていた姿”が、維持できなくなっただけなのでしょうか。
試験は続きます。
その中で、何が残るのか。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




