第37話:ベール
午前中の見舞いを済ませた昼下がりの執務室。
そこでは文官達が慌ただしく仕事をしている。
最近の業務は戦後処理の案件が多かったが、そこに厄介な仕事が追加された。
公爵令嬢の暗殺未遂事件。
王城内は下から上まで、てんやわんやの騒ぎとなった。
殺されかけた本人とその場にいた人物を除いて……。
そういう理由から執務室には嬉しくない活気が溢れている。
「殿下、この書類の裁決をお願いします」
書類を持ってきた文官はまともに寝ていないのか、目の下に濃い隈を作っていた。
王子は差し出された書類に目を通す。
自身が指示した書類。
だが、思ったような結果が獲られていなかった。
書類に目を走らせる。
合理的に判断したはずだった。
なのに結果にはズレがある。
影響が大きいわけでもなく、問題になるようなことでもない。
それでも、自身の予想が僅かに外れたことに違和感が残った。
「問題はない」
誤差の範囲内だと処理した。
……本来であれば、見直すべき案件だった。
机の上の書類が半分ほど、処理が終わった頃。
文官の一人が声をかけてくる。
「殿下、そろそろ見舞いの時間なのでは」
その言葉に書類を持つ手が止まる。
「そうだな、少し席を外す」
席から立ち上がり、皆に声をかける。
「皆も少し休憩してくれ」
それだけ言うと執務室を後にした。
残された文官達は王子が出て行った後に顔を見合わす。
執務室を出た王子の足取りは、僅かに軽かった。
それでも気付けるのは、常に寄り添っている侍従だけだった。
コンコン
軽やかなノック。
「はい、どうぞ」
儚げな声が響く。
なんの躊躇もなく、扉を開けた。
天蓋のついたベッドに上半身を起こしている姿。
ベールによって、朧気な輪郭が神秘的だった。
ベッドに近付くと、彼女の侍女がゆっくりとベールをめくる。
彼女と目が合う。
お互いに笑顔はないが、不快ではない。
「調子はどうだ」
いつもの処理としての、言の葉。
「問題ありませんわ」
それ以上、会話は続かなかった。
だが――何も残らないはずのやり取りが、僅かに引っかかった。
「彼女はちゃんと、食べているのか」
気付けば、彼女の侍女に聞いていた。
侍女は能面のような表情で斬り返してくる。
「それはご本人にお聞き下さい」
「……そうか」
そう答えながら、視線は彼女から外れなかった。
誰も動こうとしない。
別に動けないわけではない。
なのに、残る。
「エリス、王子殿下に椅子を」
その方が、都合がよかった。




