第36話:分からない感情
見舞いという名の評価を終えて、部屋から出る。
扉の外には騎士が二人と侍従が待っていた。
「いくぞ」
騎士は軽く頷き、侍従は頭を下げると、私の背後に回る。
主賓室から続く廊下には、緊張が漂っていた。
それは当然か、私の指示によって通れる者は制限されている。
迷路のような廊下と階段を繰り返し、城の地下へと向かう。
城にある地下の用途など、決まっている。
空気は湿っぽく、格子が立ち並ぶ一角。
その一番奥の扉。
特別な囚人を入れておく部屋。
看守に鍵を開けさせると、私だけがゆっくりと中へと足を踏み入れた。
「……」
静かに壁を向いて、椅子に座る女性。
私の入室にも顔を振り向かせない。
綺麗だった髪はくすんでいる。
だが、目の光はお茶会の時と変わらない。
だから、私も態度を変える必要はない。
「刑の執行は明後日だ」
彼女は口を真一文字に結び、声ひとつ上げない。
その態度からは、覚悟が滲む。
――ならば。
「公爵令嬢は息災だ」
そのひと言は、彼女の感情を呼び起こす。
歯ぎしりが鳴りそうなほど、噛み締めるが口元を隠す道具は与えられてなかった。
「殿下、貴方は間違っている」
初めて、こちらに振り向く。
その目は力強い。
自身の判断は正しかったと、今でも信じている瞳。
だが。
「ならばお前は自分が正しかったと――」
視線が部屋を見渡す。
椅子と粗末なベッドだけ。
正しいと思い、判断した代償の部屋。
「あの女を排除すれば、歪みは正せました」
それだけ言うと俯き、肩を震わせ、拳を強く握り締める。
その姿からは後悔なのか、怒りなのか判別は出来ない。
だが、王子に届くことはない。
「自分を犠牲にしたつもりか」
処理としての言葉。
「あの場で逃げずに、選択すればよかったのだ」
国を捨てるか、俺を捨てるか……。
彼女の震えが止まる。
「お前の判断が正しかった可能性はある」
私の言葉で髪を振り乱すように顔を上げた。
その目には、縋りがあった。
「だが、お前はそれを証明できなかった」
開きかけた口が再び結ばれる。
「――彼女は、間違えなかった」
「……以上だ」
私は告げると部屋を後にする。
背中で重い施錠の音が地下に響いた。
王城の一室。
そこには見舞いという理由で、王子が日にニ度訪れる。
必要のない頻度だった。
街の広場から伝わる歓声が、窓越しに微かに届いていた。
何か言いたげな態度。
でも、何も残さない。
今日ニ度目の訪れも、何も残らなかった。
王子が去った後、侍女のエリスが近寄ってくる。
「お嬢様は、殿下の来訪後――判断が遅れております」
「……ええ、そうね」
私はまた扉を見ていた。
「お嬢様は本日も二度、殿下とお会いになっています」
それは単なる事実。
なのに、私の理解は止まってしまう。
「それは、見舞いの範疇を超えております」
彼女は私の手を優しく取る。
「不要な事象であるならば、切り捨てるべきです」
「……」
私は何も言えない。
「ですが現状、それが出来ておりません」
胸に広がるのは、理解出来ない感情。
「……それは、本当に不要なものなのでしょうか」
私は、答えを持たなかった。




