第35話:見舞い
瞼に柔らかな光が当たり、まつ毛がピクリと動く。
「お嬢様」
優しく呼び起こされ、目を開いた。
天蓋のベッドの上。
傍らには侍女のエリスが寄り添っていた。
「私は……」
言葉を発した直後、酷く喉が渇いていることに気付く。
彼女は水の入ったグラスを差し出してきた。
上体を起こして、ゆっくりと水を一口。
グラスを持つ手の感覚が鈍い。
「私はどれくらい……あれからどのくらい経ちましたの」
「二日です」
非難が混じる声音。
彼女の目元は赤く少し腫れていた。
その顔に触れようと、痺れた指先を伸ばそうとする。
だが、扉を叩く音に意識が向く。
規則正しくはない。遠慮もない。だが、強引でもない。
――この部屋の者ではない。
「……どうぞ」
許可を出した瞬間、わずかに遅れたと自覚する。
判断が、鈍い。
扉が開く。
現れたのは、予想通りの人物だった。
「……見舞いに来た」
簡潔な言葉。
だが、その一言で十分だった。
心配して――来る理由が、ない。
思考が走る。
だが、どこかで引っかかる。
立ち位置。距離。そして視線。
すべてが、いつもより近い。
「お気遣い、ありがとうございます」
だから、定型を返す。
問題はない。声音も乱れていない。
それでも――
視線が、逸れない。
彼は何も言わず、室内を一瞥し、そして私へ戻す。
評価しているわけではない。
観察とも違う。
――ただ、見ている。
その在り方が、理解に届かない。
「……熱は?」
「問題ありませんわ」
ベッドの脇に移動していたエリスの肩が動いた。
事実ではないが、訂正する理由もない。
室内に沈黙が広がる。
向けられる視線が、重くなる。
埋めるべき間だと分かっている。
だが、言葉が選べない。
普段なら、あり得ない遅延。
彼は一歩、距離を詰めた。
反応が、遅れる。
触れられたわけではない。
だが、それに近い何かがあった。
「……無理はするな」
それだけ言うと、彼は視線を外した。
――軽い。
命令でも、助言でもない。
重みを持たせる気もない。
なのに、
残る。
「……承知しております」
返答は、形だけ整う。
彼はそれ以上何も言わなかった。
私の返事を確認すると、踵を返す。
滞在も短い。
来た時と同じように、理由を置かずに去っていく。
扉が閉じる。
静寂の中に安堵が広がった。
……息を吐く。
遅れて、気付く。
思考が、途中で止まっている。
整理が、終わっていない。
何をされたわけでもない。
何も残っていない。
それでも、――処理が終わらない。
視線が、扉に残る。
消えない。
意味は、与えられない。
与える必要も、ない。
ただ――残る。
視界を遮るように、侍女の影が動いた。
「お嬢様、ご無理はなされぬよう」
眉尻が少し上がった表情。
この意味は理解している。
「体調が戻りましたら、申し上げたいことがありますので」
彼女は私から視線を外さなかった。
再び横になると、天蓋を見つめる。
彼が来た理由は――。
……合理では、説明がつかない。
それでも、否定するには――
あまりにも、遅かった。




