第25話:邂逅
敵国の王宮は、無駄がなかった。
華美ではある。
だがそれは、力の誇示ではなく――機能としての装飾。
すべてが計算され、配置されている。
その中心に、私はいた。
差し出された存在として。
――いいえ。
私は、静かに息を整える。
ただの贈り物ではありませんわ。
「遠路、ご苦労であった」
玉座の間。
王が言葉を発する。
その声音には、余裕があった。
勝者のそれ。
「歓迎しよう、公爵令嬢」
私は一礼する。
「お招きに預かり、光栄に存じます」
形式は守る。
崩さない。
崩す理由がない。
視線だけを、わずかに巡らせる。
重臣たち。
武官。
そして――
玉座の一段下。
一人の男。
視線が合う。
逸らさない。
……なるほど。
あれが。
「紹介しよう」
王の声が続く。
「我が第一王子だ」
男は、わずかに頭を下げた。
形式だけの礼。
だが無礼ではない。
その加減が、絶妙だった。
「……初めまして、異国の令嬢」
低い声。
落ち着いている。
「歓迎する」
言葉とは裏腹に、感情は薄い。
興味がないわけではない。
だが――
測っている。
明確に。
私は、わずかに口元を緩めた。
「こちらこそ」
静かに返す。
「お目にかかれて光栄ですわ、殿下」
沈黙が落ちる。
ほんの一瞬。
だが、その間に。
互いに、理解する。
――この場は、交渉ではない。
――観察だ。
「さて」
王が、わずかに身を乗り出す。
「話は聞いているだろう」
当然。
王子と私の婚姻。
それが、この場の前提。
「異論はあるまいな?」
確認という名の、圧。
――この場での否は、帰国を意味しない。
消えるだけだ。
だが私は。
「ございません」
即答する。
ざわめきが、わずかに広がる。
だが、そこで終わらない。
「ただし」
顔を上げる。
真正面から、王を見る。
「一つ、申し上げたいことがございます」
空気が、変わる。
ここで条件を出す。
想定内。
だが、その内容までは知らない。
「ほう」
王の目が細まる。
「申してみよ」
私は一歩、進み出る。
「私はこれまで、婚約者を選定するにあたり」
静かに。
淀みなく。
「試験を行ってまいりました」
空気が、止まる。
誰かが息を呑む。
「相手が誰であろうと、それは変わりません」
視線を、王子へと向ける。
「殿下に対しても」
宣戦布告の笑顔。
「同様に行わせていただきたく存じます」
王の間は沈黙に包まれた。
重い。
だが、崩れない。
「……面白い」
最初に声を出したのは、王だった。
低く、愉快そうに。
「我が子を試すと申すか」
「はい」
迷いなく、頷く。
「不適と判断した場合」
言葉を続ける。
「私は、この婚姻を受け入れません」
ざわめきが、今度は明確に広がる。
当然だ。
ここは敵国。
拒否権など、本来ない。
だが。
「……なるほど」
王は笑っていた。
興味深そうに。
「では、聞こう」
視線が鋭くなる。
「何をもって“適”とする?」
試されている。
だが、それは想定内。
「簡単なことです」
私は、わずかに首を傾げる。
「私の問いに、答えていただくだけ」
「問い、か」
「はい」
そして。
初めて、はっきりと笑った。
「――耐えられるかどうか、ですわ」
王はあご髭を撫でる。
誰も、すぐには反応しない。
意味を測っている。
その中で。
「いいだろう」
ひとつだけ、声が落ちた。
王子だった。
すべての視線が集まる。
彼は、変わらない表情のまま。
「受けよう」
短く、告げる。
周囲がざわつく。
「殿下」
側近が制止しかける。
だが。
「問題ない」
王子は、視線を私から逸らさない。
「元より」
わずかに、口元が動く。
「選ばれるだけの立場でいるつもりはない」
その一言で。
完全に、空気が変わった。
私は、ほんの僅かに目を細める。
――なるほど。
初めて。
ほんの少しだけ。
興味が湧いた。
「では」
私は一礼する。
「早速、始めさせていただきます」
王が、楽しげに手を振る。
「許す」
その言葉を合図に。
場は、整った。
試験の場として。
国も、立場も、関係ない。
ただ一つ。
変わらないものがある。
――見極める。
それだけ。
「第一の問いです」
静かに、告げる。
王子を真っ直ぐ見据えたまま。
「あなたは」
時間が遅くなる感覚。
「何を差し出せますの?」
言葉は投げられた。
だが今度は。
誰も、驚かない。
ただ、待っている。
王子の答えを。
彼は、わずかに考え――
すぐに口を開いた。
「すべてだ」
即答。
迷いはない。
だが、私は首を横に振る。
「不正解ですわ」
間髪入れず、切り捨てる。
空気が凍る。
武官が武器に手をかける。
だが王子は、動じない。
「理由を聞こう」
「“すべて”は、何も差し出していないのと同じですもの」
静かに告げる。
「具体性のない覚悟に、価値はございません」
そんな言葉に喜ぶのは、お花畑に住む娘だけ。
私の瞳に陰りの色が出た。
王子の目が、細くなる。
「……なるほど」
理解が、走る。
「では、言い換えよう」
今度は、わずかに間を取った。
「選択権だ」
玉座の上で、王の指がわずかに止まった。
私は、動かない。
続きを促すように。
「この婚姻において」
王子は言う。
「最終的な決定権を、お前に渡す」
ざわめき。
今度は、先ほどよりも大きい。
それは王族としては、異常な発言。
だが。
私は――
ほんの少しだけ。
口元を緩めた。
「……合格ですわ」
その瞬間。
空気が、決定的に変わった。
敵国の王宮で。
王と王子、そして私だけが笑みを浮かべていた。
最初の試験は。
静かに――始まった。
――ただし。
この選択が、どちらかの破滅に繋がることを。
この時の私は、まだ知らない。




