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選別令嬢の試験――誠実な方ほど壊れていくようですわ  作者: くろのわーる


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第17話:知らない表情



 私はソファーから立ち上がり、窓辺に移動する。


 眼下に見下ろす庭には、イザベラたちが仲睦まじく散策していた。


「……エリス」


 窓ガラスに触れると指先に冷たさが伝わってくる。


「はい」


 彼女は椅子に座ったまま、姿勢を正している。


「試験を行うわ」


 私の言葉を聞き届けるとゆっくりと立ち上がる。


「わかりました。ではそのように伝えて参ります」


 綺麗にお辞儀すると侍女は出て行った。


 ひとり取り残された私は、再び庭を見下ろす。


 ちょうど、花をプレゼントされたイザベラが喜んでいる。


 ――あの笑顔は、約束の先にあるものなのだろうか。


 彼女の顔は、私の知らない表情だった。



 午後のお茶の時間、応接室には私と一次試験を通過した騎士が対面していた。


「本日は急な呼び掛けにも、関わらず対応して頂いたことに感謝を申し上げます」


 私は騎士の目を見ながら、目礼する。


「時間を持て余していたところだから構わない」


 変わらない態度。


 端的で、無駄のない返答。


 声色にも、表情にも揺らぎはない。


 応接室の空気は静かだ。


 紅茶の香りだけが、微かに漂っている。


 私は一度、カップへ視線を落とした。


「それは幸いですわ」


 そう言ってから、再び彼を見る。


 姿勢は崩れない。


 視線も逸らさない。


 訓練された騎士特有の、隙のない所作。


 ――問題ない。


 少なくとも、表面上は。


「では、単刀直入に伺います」


 私はティーカップを持ち上げることなく続けた。


「あなたは、何のために騎士を志しましたの?」


 静かな問い。


 けれど、それは第二試験の最初の一手だった。


 室内の空気が、わずかに引き締まる。


 彼は一口、紅茶を飲むと目を見開く。


「お口に合いませんでしたか」


「いや、こんな上等な紅茶を飲むのは初めてだっただけだ」


 その言葉に、わずかに室内の空気が緩む。


 けれど、それは錯覚に過ぎない。


 評価の場は、まだ終わっていない。


「……そうですか」


 私は短く返す。


 紅茶の湯気が、静かに揺れていた。


 初めてだと言う割には、所作は乱れていない。


 カップの持ち方も、口をつける角度も一定だ。


 ――嘘ではない。


 あるいは、嘘をつく必要のない立場。


 どちらにせよ、まだ情報は足りない。


「では、改めて」


 私はゆっくりと言葉を落とす。


「先ほどの質問に、お答えください」


 視線は逸らさない。


 応接室の静けさが、今度は重さを持ちはじめる。


 紅茶の香りだけが、わずかに甘く残っていた。


 騎士はカチャリとティーカップを置く。


 そして、私の目を真っ直ぐに見つめた。


「私が騎士を志したのは、ある約束を守るため」


 一瞬、音が遠のいた。


「幼い日の約束です」


 応接室の空気が、ほんの一瞬だけ止まる。


 紅茶の湯気だけが、変わらず揺れていた。


「……約束?」


 私は、自分でも驚くほど静かな声で繰り返していた。


 騎士は小さく頷く。


「はい」


 視線は逸れない。


 迷いもない。


 ただ事実を述べているだけの声音だった。


「まだ騎士になる前の話です」


 そう言って、彼は一度だけ言葉を区切る。


 まるで記憶の奥を確かめるように。


「その約束を守るために、剣を取りました」


 紅茶の香りが、やけに遠く感じられた。


 私はティーカップに指を触れる。


 温度はすでに少し落ちている。


 ――約束。


 その言葉だけが、妙に耳に残る。


「どうして、騎士なのですか」


 彼は残った紅茶を飲み干すと、これまでよりも静かに語り始めた。


「きっかけは大切な方でした」


 侍女が彼に新しい紅茶を差し出す。


「その方は、自分なんかとは釣り合わないほどの高貴な身分の方でした」


 私は僅かに震える手にも気付かなかった。


「その方と、幼き頃に約束したのです」


 扇子を持つ手に、わずかに力が入る。


「それは……」


 一度、言葉を選ぶ。


 試験官としてではなく。


 ただの問いとして。


「……それは、どなたとの約束ですの?」


 ――それは、試験官としての問いではなく、シャルロット・エーヴェルハルト公爵令嬢としての問いだった。


 騎士の瞳が、わずかに細くなる。


 ――その一瞬だけ、迷いが見えた。



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