第15話:試験終了
私は、静かにカトラリーを置いた。
金属が陶器に触れる、小さな音だけが食堂に落ちる。
その瞬間。
場の空気が、わずかに変わった。
――あら。
私は二人を見る。
親友の手は、もう震えてはいない。
少年の視線も、逃げてはいない。
……十分、ですわね。
「……本日の試験は」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
二人の肩が、ほんのわずかに強張る。
当然ですわ。
ここで“答え”が出ると思っておりますものね。
……だから。
「ここまでといたしましょう」
その一言に親友の目が、瞬きを忘れたようにこちらを見た。
「……それは」
少年が、慎重に声を落とす。
「不合格、ということでしょうか」
「いいえ」
私は即座に否定する。
きっぱりと、迷いなく。
「むしろ逆ですわ」
私は、二人の間に視線を滑らせる。
「これ以上、試す必要がございませんもの」
親友の呼吸が、ほんの少しだけ乱れた。
「……どういう、意味ですの」
そうでしょうね。
そう聞きたくもなりますわね。
私は小さく息を吐く。
「あなた方は、もう十分に“関係”を持っておりますわ」
出された食後のお茶にゆっくりと口をつける。
食堂には給仕係が出す音だけ。
その間に、言葉の意味が落ちていくのが分かる。
給仕係が壁際に移動したところを見計らい、続きを言う。
「支える者と、支えられる者」
「正しさと、その外側を拾う者」
「どちらも、欠けていない」
私は二人を見る。
「少なくとも、私の試験としては」
視線を、少年へ。
「合格以上ですわ」
親友の瞳が揺れた。
少年は、ほんのわずかに眉を動かす。
――まだ、信じ切れていない顔ですわね。
私は、少しだけ口元を緩める。
「ですから」
静かに、言い切る。
「私はもう、審査をいたしません」
その言葉で空気が、完全に止まった。
親友が、息を吸う音がやけに大きく聞こえる。
「……終わり、ですの?」
彼女の声は、少しだけ震えていた。
私は頷く。
「ええ」
そして、ほんの一拍だけ間を置く。
「むしろ――ここから先は、私の役目ではありませんわ」
親友の目が見開かれる。
「あなたが選んだ方ですもの」
私は少年へ視線を向ける。
「その選択の責任は、あなた方お二人のものですわ」
少年の喉が、わずかに動く。
何かを飲み込むように。
そして、力強く頷いた。
「……それでも」
親友が、かすかに言葉を落とす。
「まだ、不安がないと言えば嘘になりますわ」
――そうでしょうね。
当然ですわ。
私は、静かに頷く。
「不安があるからこそ、続けていける関係もございます」
親友の目が、ゆっくりとこちらを見た。
その奥にあるものを、私は逃さない。
迷いと、覚悟と、ほんの少しの安堵。
「だから」
膝に乗せていたナプキンをテーブルに置く。
「それを理由に、手を離す必要はございませんわ」
私は立ち上がる。
椅子が、柔らかく後ろへ引かれる。
「むしろ逆ですわね」
微笑む。
少しだけ、いつもの“試験官”ではない顔で。
「その不安ごと抱えて進める方を、選びなさいませ」
親友の瞳が揺れた。
そして。
ゆっくりと、少年の方へ向く。
視線が交わる。
言葉はない。
けれど、それで十分だった。
私はその光景を一瞥し――静かに踵を返す。
「では、私はこれで」
扉へ向かいながら、最後に一度だけ振り返る。
「せいぜい、退屈させないでくださいませ」
ほんの少しだけ。
冗談のように。
けれど、その奥には確かな祝福を混ぜて。
私は席を立ち、扉に向かうがその前で止まる。
「良かったら、うちの庭を見学していってくださいな」
侍女が扉を開けて待っている。
「素敵な花が咲き誇っておりますので」
それだけ言うと私は、食堂を後にした。
背後で、ようやく崩れるように息を吐く気配がした。
――ああ。
少しだけ、胸が軽い。
……こういうのは、案外、悪くありませんわね。




