第14話:昼食会
応接室の空気が緩んだのは、ほんのわずかな間だった。
「それでは」
私は立ち上がる。
「昼食にいたしましょうか」
その一言で、場の空気が少しだけ崩れる。
張り詰めていた糸が、緩むように。
「……もうそんな時間なのね」
親友が、わずかに戸惑う。
「ええ」
私は微笑む。
「せっかくお越しいただいたのですもの」
「試験だけでお帰しするのは、あまりに味気ないでしょう?」
言葉は柔らかい。
けれど。
その奥を探るような視線が、こちらに向けられる。
――警戒は解いておりませんのね。
当然ですけれど。
「……承知いたしました」
少年が、先に頷いた。
逃げない。
……良いですわね。
場所を移した食堂。
大きな窓から差し込む光が、テーブルを明るく照らしている。
先ほどまでの空気とは違う。
けれど――
完全に“日常”というわけでもない。
「どうぞ」
私は席を示す。
二人は並んで座る。
ほんのわずかに、距離が近い。
二人とも――無意識、かしら。
給仕が料理を運び始める。
静かな所作。
温かな香り。
それでも。
会話は、すぐには生まれなかった。
「……先ほどは」
口を開いたのは、親友だった。
「少々、失礼な態度を取りましたわ」
視線は、まっすぐにこちらへ。
逃げない。
……ええ。
そういう方でしたわね。
「構いませんわ」
私はあっさりと返す。
「当然の反応でしょう?」
彼女の表情が、わずかに緩む。
ほんの少しだけ。
「ですが」
私はナイフを手に取る。
「それとこれとは、別ですわ」
空気が、わずかに引き締まる。
親友の背筋が伸びる。
……分かりやすい。
「“試験”は、続いておりますのよ?」
一言。
それだけで。
再び、場に緊張が戻る。
少年の手が、わずかに止まった。
……良い反応ですわ。
「そんなに構えなくてもよろしいのに」
私は微笑む。
「ただ、お食事を共にするだけですもの」
言葉とは裏腹に。
視線は、逃がさない。
親友が、ぎゅっとフォークを握る。
「……では」
私は静かに問いを落とす。
「あなたは、普段どのように彼女と過ごしておられますの?」
不意打ち。
けれど、逃げ道はある。
少年は、すぐに答えた。
「特別なことは、しておりません」
落ち着いた声。
「共に過ごし、話をして――」
一瞬、言葉を探す。
「……時折、叱られます」
その一言に。
私と親友が、わずかに目を見開いた。
……あら。
「叱られる、の?」
「はい」
少年は、少しだけ視線を逸らす。
「私の至らぬ点を、正していただいております」
真面目な答え。
なのにほんのわずかに、柔らかい。
「……ふふ」
私は口元を抑えながら、二人を見る。
親友は、扇子で口元を隠すようにしている。
――照れておりますのね。
「では」
さらに一歩。
「あなたは、彼女に何を与えておられるの?」
ナイフが、皿に触れる音。
小さく響く。
少年は、動きを止めた。
今度は、すぐには出てこない。
考えている。
実に……いいですわね。
親友が、不安そうに彼を見る。
けれど、口は挟まない。
――任せておりますのね。
「……安心、でしょうか」
やがて、絞り出すように答える。
「彼女が迷わぬよう、支えること」
言葉は、まだ硬い。
けれど。
先ほどよりも、少しだけ“内側”に近い。
「そう」
私は、静かに頷く。
「では」
視線を、親友へ向ける。
「あなたは、どう思っていらっしゃるの?」
不意に振られた問い。
彼女は、一瞬だけ固まる。
「……そう、ですわね」
考えているだけで逃げない。
「確かに、支えられておりますわ」
飾らない素直な言葉。
「ですが」
カトラリーを一度置き、ほんのわずかに、少年を見る。
「それだけでは、ありませんの」
その一言に少年の瞳が揺れた。
私は興味を向ける。
「どういうことかしら」
親友は、少しだけ迷い――
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「この方は」
彼を見る目は優しかった。
「私が見落としているものを、拾ってくださいますの」
少年の呼吸が、止まる。
……あらあら。
「見落とす?」
「ええ」
彼女は、まっすぐに言う。
「私は、正しさを優先しすぎるところがありますから」
その言葉に。
ほんの一瞬だけ。
胸の奥が、引っかかった。
――正しさ。
私が最近、感じたばかりの判断基準のひとつ。
「この方は」
親友は続ける。
「そこから零れたものを、拾い上げてくださる」
静かな言葉。
けれど、確かな温度があった。
……なるほど。
私は、グラスを手に取る。
ワインを水で薄めた香りが、程良い。
「良い関係ですのね」
そう言うと。
親友は、少しだけ照れたように笑った。
少年は、何も言わなかった。
ただ――
その目線が、わずかに揺れていた。
私は、それを見逃さない。
……やはり。
まだ、"二人"には足りないようですわね。
それにしても。
今回の試験はとんだ茶番になりそうだわ。




